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第三十話「第一回バベル会議と、熱波の洗礼」

 バベル・ガーデン、総務室。


 普段はルミナが執務を行うこの部屋の奥にある、広々とした応接スペースが、今日は厳粛な会議室へと様変わりしていた。


 中央に置かれた円卓を、バベル・ガーデンの運営を担う主要メンバーが囲んでいる。


 議長席には、賢者メルキオラス。


 その隣には、おやつ(会議用茶菓子)を手にした大家の真音。


 そして、総務部長ルミナ、料理長ヴォルグ、牧場長アレクセイ、温泉管理部長ガルシスが並ぶ。


 記念すべき『第一回バベル会議』の開催である。


「それじゃあ、会議を始めるよ」


 メルキオラスが、短い手を組んで一同を見渡した。


「まず、なぜ今更こんな会議を開いたかと言うとね。三千人が共同生活を送る中で、個別の報告だけじゃ全体像が見えなくなってきたからなんだ」


 彼はホワイトボード(魔力スクリーン)を指差した。


「これまでは、騒いでくれた君たちへの罰と贖罪のために働いてもらっていたけど、僕が思っている以上に意識が変わってきた人たちが多いみたいでね。これからは『生活するため』に組織として動く必要があると考えたわけだ。そこで、数か月に一度、こうして顔を合わせて、各部門の進捗と課題を共有しようというわけさ」


 幹部たちが神妙な面持ちで頷く。


 ただの犯罪者集団から、組織の運営者へ。意識を切り替える場である。


「では、議題の進行はルミナくんにお願いするよ」


「はい。では最初の議題、『外部取引と収支報告』についてです」


 ルミナが資料を配布し、眼鏡の位置を直した。


「先日、行商人リッカさんとの取引ルートが正式に確立されました。これにより、当塔で慢性的に不足していた『嗜好品』『種子』『日用品』など、一般的に取引可能な物品の安定供給が可能になる予定です」


「ドライフルーツ、炭酸水とチョコ、最高!リッカには感謝しなきゃね」


 真音は炭酸水をグラスに注ぎながら、嬉しそうに補足した。


「支払いに充てている鉱石についても、バベル・ガーデン地下に大量に埋蔵されており、賢者様やラズリ様が散歩ついでに拾ってきてくださる分だけで充分です。リッカさん側で、与えた鉱石の価値を正しく算定できていれば、現在の収支は大幅な黒字になるはずです。ただ、現状、取引しているのはリッカさんのみ。個人で運搬する量にも限りがあるため、今後取引量を増やそうとした場合、どうするかという課題は残ります」


「当面は現状維持でいいよ。対外取引は始めたばかりだ。急速な拡大は考えていないし、限定した取引であることを各自考えたうえで注文をだすことにしよう。あ、真音ちゃんの欲しいものが最優先なのは絶対事項だからね」


 メルキオラスの即断に、真音が大きくうなずいた。


 その光景を微笑ましく見ながら、ルミナがメモを取っている。


「次に、『食料生産と加工』について。ヴォルグ料理長、アレクセイ牧場長、お願いします」


「うむ。私から報告しよう」


 ヴォルグが挙手する。


「リッカが持ち込んだ調理器具のおかげで、調理時間が二割短縮された。また、彼女が置いていったスパイスや調味料の研究も進んでいる。来月からは、兵士たちのメニューに『週替わり定食』を導入できる見込みだ」


「それは朗報だね。食事は士気に直結するからね。食堂で出されている料理の数々は、みんなから非常に高評価を得ているようだし、これからもよろしくね」


「はっ!」


 ヴォルグの表情が誇らしげだ。とても数か月前まで軍勢を率いて、血みどろの戦争をしていたオークには見えない。天職を得たのだろう。


「牧場からも報告を」


 続いて、アレクセイが真剣な表情で発言した。


「スライムたちの生育環境についてですが、リッカ殿のドライフルーツを飼料に混ぜた結果、新種『フルーツ・スライム』の分裂速度が安定しました。ドロップの生産量は、来月には倍増できる見込みです。また、排泄される『高純度肥料』の質も向上しており、農場へも好影響を与えています」


「素晴らしい循環だね。農業部門との連携も強化しておいてくれ」


 メルキオラスの言葉を聞いたアレクセイが意見をした。


「賢者様、農業部門には統括者がいない状況です。以前の環境、ゴーレムだけが担っていた農業と異なってきておりますので、農業部長なりの統括者を配置していただきたいです」


「うーん、それは僕も考えているんだけど、適任者がいないんだよねぇ。アレクセイくん、当面の間、兼務してもらってもいい?」


「わかりました。幸い、私の実家は農家でした。知識がないわけではないのでやってみます」


「うん、よろしくね」


 会議は順調に進む。


 各部門が有機的に繋がり、塔全体が良い方向へ回転し始めていることが実感できる。


「――順調ですね。ですが、最後に一つ、『労働環境と福利厚生』について懸念事項があります」


 ルミナが表情を引き締めた。


「修復工事や生産活動は順調ですが、兵士たちに『肉体的な疲労の蓄積』が見受けられます。彼らは文句も言わず働いていますが、食事と睡眠だけでは解消しきれないストレスが、澱のように溜まりつつあるようです」


「ふむ…。確かに、働き詰めじゃあ可哀想だね。人間には、心を休める『余白』が必要だ」


 メルキオラスが顎に手を当てる。


「何か、劇的にリフレッシュできるような施設や娯楽があればいいんだけど…」


 その時。


 それまで腕組みをして沈黙を守っていた巨躯の男――ガルシスが、重々しく口を開いた。


「…その件ならば、既に手を打ってある」


「おや、ガルシスくん?」


「我の管轄である『大浴場』。…あそこをただ身体を洗うだけの場所だと思ってはいないか?」


 ガルシスはニヤリと不敵に笑い、席を立った。


「ついて来い。…究極の『整い』とやらを教育してやる」



◆◇◆◇◆



 一行が連れてこられたのは、地下にある大浴場エリアの一角だった。


 以前は資材置き場になっていたスペースが、真新しい板張りで改装されている。


 重厚な木の扉を開けると、ムワッとした熱気と、芳醇な木の香りが漂ってきた。


「ここは…?」


「サウナだ。だが、ただの蒸し風呂ではない」


 ガルシスは部屋の中央にある、石が積み上げられた炉を指差した。


 その頂点には、バスケットボールほどの大きさの、赤く脈動する球体が鎮座している。


「こ、これは…?」


 魔力に敏感なアレクセイが目を見開く。


 その球体からは、制御された凄まじい熱エネルギーが溢れ出しているのだ。


「先日、来たやつらが置いていった『灼熱の魔人イフリート』だ」


「えっ」


「奴を圧縮・封印し、熱源として炉に組み込んだ。これにより、薪などの燃料を一切消費することなく、永続的に九十度以上の高温を維持できる」


 ガルシスは我が子を紹介するように胸を張った。


「名付けて『イフリート・・ウリュ』システムだ」


「…ネーミングはともかく、発想は凄いね」


 メルキオラスが感心する中、ガルシスはヴォルグとアレクセイを見た。


「男どもよ、服を脱げ。…まずは幹部である我々が体験し、その安全と効能を証明する」



◆◇◆◇◆



 数分後。


 サウナ室には、腰にタオルを巻いただけの男たち三人が並んで座っていた。


 室温は百近くあるはずだが、イフリートの魔力が作用しているのか、息苦しさは少ない。


「…ほう。これはいい汗が出ますな」


 ヴォルグが肌を滴る汗を拭う。


「体の芯から毒素が抜けていくようです…。日々の牧場作業の疲れが溶け出していきます」


 アレクセイも目を閉じて熱を堪能している。


 そこへ、柄杓を持ったガルシスが立ち上がった。


「甘いな。…ここからが本番だ」


 ガルシスは柄杓で水を汲むと、イフリートの球体にかけた。


 ジュワアアアアアアッ!!


 咆哮のような音と共に、爆発的な蒸気が立ち上る。


 イフリートの魔力を帯びたその蒸気は、ただの熱気ではない。


 肌を刺すような、しかし心地よい『熱の衝撃波』となって室内に充満する。


「ぐっ…!?」


「あつっ、いや、気持ちいい…!?」


 ヴォルグとアレクセイが呻く。


「以前のサウナとはレベルが違う…!熱が、質量を持って叩きつけてくるようだ!」


「ふん、当たり前だ。これは魔神の吐息ぞ」


 ガルシスはタオルを両手に持ち、演舞のように旋回させ始めた。


「受け入れろ! この熱波アウフグースを!」


 ブンッ! ブンッ!


 ガルシスがタオルを振るたびに、灼熱の風が二人を襲う。


 それはまさに、熱の暴力。


 しかし、その奥にある極上の快楽。


「耐えろ! 耐え抜いた先に、水風呂という名の『天国』が待っている!」


「おおおおおッ!!」


 男たちの雄叫びが、サウナ室に響き渡った。



◆◇◆◇◆



 十分後。


 大浴場の休憩スペース(外気浴エリア)には、呆けた顔で椅子に座り込む三人の男たちの姿があった。


 全身の力が抜け、視界がぐるぐると回るような、浮遊感。


「…整った」


 ヴォルグが虚空を見つめて呟く。


「…はい。世界が、輝いて見えます」


 アレクセイも脱力しきっている。


 その横で、ガルシスが満足げに冷たい水を煽った。


「どうだ。これならば、兵士たちの疲労も吹き飛ぶだろう」


「ああ、間違いない。これは最高の福利厚生だ」


「毎日入りたいです…」



◆◇◆◇◆



 一方、女湯サイド。


 こちらには、イフリートの余熱を利用した、少し温度を低めに設定した『岩盤浴エリア』が作られていた。


「ん~、極楽ぅ…」


 真音は温められた石の上に寝転がり、とろけそうな声を上げた。


 じんわりとした温かさが、全身を包み込む。


「これなら、熱いのが苦手な私でもいつまでも入っていられるね」


「はい。デトックス効果も期待できそうです」


 隣でルミナもリラックスした表情を見せている。


 日々の激務で強張っていた肩の力が、嘘のように抜けていく。


「それにしても、前に入った時より、身体の芯まで温まる気がする」


 真音がぽつりと呟いた。


「ええ。熱源が変わったせいでしょうか。熱の質が柔らかく、それでいて力強くなっている気がします」


「イフリート様様だね。…ねえルミナ。これ、みんなにも使わせてあげなよ。みんな絶対喜ぶよ」


「ええ、そうですね。男女入れ替え制で、明日から開放しましょう。これで作業効率もさらに上がるはずです」



◆◇◆◇◆



 その夜。


 バベル・ガーデンから、兵士たちの歓喜の声が響き渡った。


「最高だー!」


「生き返るぅぅ!」


「やっぱ帰りたくねぇ! ここに一生住むんだ!」


 美味しい食事に、快適な個室、そして極上のサウナ。


 バベル・ガーデンは、要塞としての堅牢さを保ちつつ、内部は大陸一の保養地へと進化しつつあった。


 記念すべき第一回定例会議は、全会一致で「サウナの全面稼働」を可決し、大成功のうちに幕を閉じたのである。


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