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第二十九話「穏やかな日常と、不協和音」

 世界樹内、『樹洞の聖域』。


 穏やかな陽光が差し込むリビングで、真音は究極の二択を迫られていた。


 目の前のテーブルには、二つの小皿が並んでいる。


 右の皿には、ルビーのように輝く『イチゴ味スライム・ドロップ』。


 左の皿には、ギュッと旨味が凝縮された『イチゴのドライフルーツ』。


「ん~…」


 真音は真剣な表情で、右のドロップを口に放り込む。


 プチュッとした弾力と、口いっぱいに広がる魔力的でジューシーな甘み。


「うん、やっぱりヴォルグの技術とアレクセイの愛が詰まったこの味は鉄板ね」


 ゴクリと飲み込み、次は左のドライフルーツを摘む。


 ムギュッとした噛みごたえと、素材そのものが持つ力強い酸味と香り。


「でも、こっちの大地の恵みって感じの深い味わいも捨てがたい…」


 真音は腕組みをして、うんうんと唸った。


「結論。どっちも美味しい!」


 彼女は満面の笑みで、交互に皿に手を伸ばし始めた。


 その様子を、向かいのソファから眺めていたメルキオラスが、目を細めて声をかけた。


「真音ちゃん。そういえば、言うの忘れてたけど、アレクセイも幹部にしたからね」


「はーい。アレクセイも頑張ってくれてるもん、いいんじゃないかな。幹部って、なにが違うのかよくわからないけど」


「まぁ、便宜上のものだからね。特に気にしないで大丈夫だよ」


 メルキオラスは、少し言いづらそうに切り出した。


「ねぇ、真音ちゃん。外の世界に行ってみたい?」


 真音の手がピタリと止まる。


「んー、前は全然興味なかったけど、リッカのおかげで、いろんな美味しいものがあるの知っちゃったから、少しだけ行ってみたいと思うようにはなったかなぁ」


「そっか。今度、リッカに案内してもらおっか」


「うん!」


 真音の目が輝く。


「リッカが言ってる鍛冶師にもここに来てもらいたいなぁ、それも今度リッカに言ってみよ」


「ヴォルグがすごい喜んでるもんね」


「そうだね。僕が作ったものとは違うんだよねぇ。やっぱり本職にはかなわないや。あの鍛冶師に来てもらったら楽しくなりそう」


 メルキオラスは、かつて自分が作ったオリハルコンの包丁を思い出しながら苦笑した。


 性能は完璧だが、そこには職人の「味」のようなものが欠けているのかもしれない。


「私も今度なにかお願いしようかな」


「いいと思うよ。時間はあるからね、じっくり考えるといいよ~」


「うん!」


 真音は嬉しそうにドライフルーツを頬張った。


 外の世界への扉は、少しずつ、しかし確実に開き始めていた。



◆◇◆◇◆



 第3居住区画、食堂。


 かつては殺風景だったここも、今は活気と美味しそうな匂いに満ちていた。


 昼食の時間。


 四人の男たちが、同じテーブルを囲んで定食を突っついていた。


 二人は元勇者軍の兵士、もう二人は元魔王軍のオーク兵だ。


「…ふぅ。食った食った」


 元勇者軍の男が、空になった器を満足げに眺めて腹をさすった。


「ここって天国だよなぁ」


「…おれもそう思う。戦はないし、労働は大変だけど、寝るとこも個室がちゃんとあるし、服も言えば支給されるし、食事は三食たっぷり美味しいのが食べれるし」


 向かいのオークが、牙の間からニカッと笑う。


「娯楽は少ないけど、そんなの元々なかったしな!」


「違いない!」


 四人は声を上げて笑い合った。


 かつては剣を交えた敵同士。


 だが、同じ釜の飯を食い、同じ修復工事をおこない、畑を耕すうちに、種族の壁などどうでもよくなっていた。


「なぁ、ここってさ、今の修復工事が終わっても居ていいのかな」


 ふと、一人が真面目な顔で呟いた。


「わからん。おれもそれは思ってた」


「正直、国に帰って、また徴兵されるくらいだったらここに居たい!」


「それ!たぶん、みんな一緒なんじゃない?」


 彼らの首には、黒い革のチョーカー――『隷属の首輪』が巻かれている。


 だが、今の彼らにとってそれは、ここでの生活を保証する身分証のようなものになりつつあった。


「魔王様とヴォルグ将軍は、以前より楽しくやってそうだし…この間、笑い顔なんて初めて見たよ」


「勇者様だってそうさ!以前は、思い詰めるような表情してる時がほとんどだった」


「聖女様はずっと大変そうだけどな!」


「確かに!」


 再び爆笑が起きる。


「おれら、人間と魔族が仲良くやってる時点で理想郷みたいなもんだって」


「わかるわかる!以前は、不倶戴天の敵で殺し合いしてたんだからなぁ」


「ってか、今もでしょ?ここ以外では」


「そうそう、ここ以外は大変なんだろうなぁ」


「やっぱり帰りたくない!ここにいたい!」


「今度、ルミナ様に相談してみようか」


「そうだなぁ、そうしてみようぜ」


 彼らは希望に満ちた顔で、午後の作業へと戻っていった。



◆◇◆◇◆



 だが、三千人もいれば、全員が同じ気持ちであるはずがない。


 食堂の片隅。


 流れてきた和やかな会話を、苦々しい表情で聞き耳を立てている三人組がいた。


 彼らは元勇者軍の将校クラスであり、実家は名のある貴族でもある。


 そのプライドの高さゆえに、今の境遇が耐え難い屈辱となっていた。


「…聞いたか。あの下賤な連中の会話を」


 リーダー格の男が、スプーンを乱暴に置いた。


「なぜ、高貴な私が、このような肉体労働をせねばならんのだ」


「ごもっとも。元はと言えば、勇者と魔王が不甲斐ないせいです」


 取り巻きの二人が、小声で同意する。


「まったくだ。あのような小娘にいいようにやられおって」


「あの戦いで勝利すれば、栄達は思いのままだと思えばこそ、こんな辺鄙なところまで従軍してきたというのに」


 彼らは自分の首に巻かれた首輪に手を触れた。


 冷たい感触。


 彼らは、逆らえば即座に処刑されるか、あるいは恐ろしい呪いが発動すると信じ込んでいた。


 だからこそ、屈辱に耐え、面従腹背を貫いていたのだ。


「しかもなんだ!あやつらは!いいように懐柔されおって!」


「そうだ!そうだ!」


「我ら貴族よりも良い生活をしているに違いない。特別扱いされるのは我らであるべきだ!」


 彼らの目には、楽しそうに笑うヴォルグやアレクセイ、そして真音の姿が、自分たちを嘲笑う支配者として映っていた。


 リーダー格の男が、周囲を警戒しながら、さらに声を潜めた。


「…やるか…反乱」


 その言葉に、二人が息を呑む。


「し、しかし、この首輪が…」


「馬鹿者。正面切って戦うわけではない。我々の知恵を使うのだ」


 男の目に、暗い野心の火が灯る。


「まずは同志を募ろう。同じ気持ちを持つものは大勢いるはずだ。数を集め、力を蓄え…いつか必ず、あの小娘に吠え面をかかせてやる」


「…良かろう」


「我らの誇りを取り戻すのだ」


 彼らは黒い笑みを交わし、席を立った。


 真音たちが平和なおやつタイムを楽しんでいるその裏で、身の程知らずな企みが、静かに動き出そうとしていた。


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