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第二十八話「賢者の依頼と、重すぎる対価」

「すごいたくさん持ってきたんだねぇ。たった一回来ただけで、みんなの好みを見抜くとは…面白いなぁ。ねぇ、リッカさん?」


 メルキオラスが、リュックの中をしげしげと観察しながら、興味深そうに話しかけてきた。


「はい!」


「拠点の街ってどこなの?」


「クロスロードです!」


「…クロスロードって、ここからけっこう距離あるよね。鍛冶仕事の日数も考えると…早すぎない?」


「私、ここからクロスロードだと、走って一日半くらいなんです!」


 メルキオラスは、ざっと行程を計算した。


 何百キロもの荷物を背負ったうえでの日数で考えると驚異的な速度だった。


「…リッカさん。今度から、毎月月初に、必ず来てもらうことはできる?」


「え!いいんですか!?大丈夫です!絶対来ます!ドライフルーツは、なるべく持ってこれるようにします!他になにかありますか?」


「周辺国の情報が欲しい」


「情報ですか」


 リッカの目が一瞬だけ警戒したのを、メルキオラスは見逃さなかった。


「そう、情報。現在の地図もあるとうれしいかな。特に、聖王国の情報が欲しい。君、たぶん、そういうのも得意でしょ?」


「…なぜ、そう思ったのか聞いてもいいですか?」


「前回の時にさ、真音ちゃんの怒気に当てられてるのに、武器に手をかけて身構えたでしょ。ラズリから聞いた。ラズリ、感心してたよ?真音ちゃんとラズリの殺気に、至近距離で耐えられる人はそうはいない。そして、その力と脚力だもん。荒事もこなせる人なんだろうなあと思ってね。それに、商人ならば、いろんな情報を扱ってそうだし」


「…わかりました。できる限りの情報を集めて、報告書として持ってきます」


「話が早くてうれしいね。あ、そうそう、これに手を合わせてくれる?」


 メルキオラスは、空間ジッパーを開けると水晶版を取り出して、リッカに向けた。


「…はい。これでいいですか」


 リッカが水晶版に手を合わせると、水晶版が青く点滅した。


「うん、ありがとう。これ、あげるね」


 リッカの手に乗せられたのは、小さなボタンだった。


「今、立っているあたりで、そのボタンを押すと、バベル・ガーデンの上層に直接行けるから、今度からそれで来てね」


「賢者様!それは!」


 ルミナは驚愕した。


 完全に外部の人間、しかも素性がまだわからない人間に上層への転移装置を渡すとは。


「彼女から買ったものを運ぶのも面倒だしね。直接持ってきてもらった方がいいよ。あ、転送先は、総務室の隣の部屋にしたから、彼女が来たら、総務部長が応対してね。ボタンが押されると、モニターに表示されるようにもしたよ」


「…はい、わかりました」


「そして、リッカさん。これは、その情報代の前金ね」


 渡された革袋は、前回、ルミナが渡した金額とほぼ同数の硬貨が入っていた。


 リッカは目を見開いた。


「…ありがとうございます!頑張ります!」


「うん、よろしくね。あ、月初だけでなく、必要なことがあったら、いつでも来ていいからね~」



◆◇◆◇◆



「さて。では今回のお代ですが…」


 ルミナが合図をすると、ヴォルグが数個の麻袋を運んできた。


 ドン、ドン、と重そうな音がする。


「ご希望通り、鉱石をご用意しました」


「ありがとうございます!金属製品の元手になりますから助かります!」


 リッカは麻袋の一つを開けて中を覗いた。


 中には、黒、赤、青、銀色など、様々な色をしたゴロゴロとした石が無造作に入っている。


「何が必要かわからなかったので、ここの地下で採れたものを色々と見繕って入れております」


「へえ、綺麗な石ですね…。ずっしり重いけど、これくらいなら背負えそうです」


 リッカは中身を深く確認することなく、麻袋の口を縛り、リュックに詰め込んだ。


「では、また来月月初に!今度はもっと面白いものを持ってきますね!」


「ええ。気をつけて」


 リッカはパンパンに膨らんだリュックを背負い、軽やかに森へと駆け出していった。


 ルミナはその背中を見送りながら、ふと呟いた。


「…あんなに無造作に持たせてしまって、よかったのでしょうか」


 ヴォルグが肩をすくめる。


「まあ、彼女なら大丈夫だろう」



◆◇◆◇◆



 数日後。


 商業都市クロスロード。


 リッカは帰還するなり、馴染みの「頑固親父の鍛冶屋」へと直行していた。


「おーい、親父さん!次の調理器具の発注頼みます!」


「あん?またお前か。…前回みたいな無茶な注文は勘弁だぞ」


 ドワーフの鍛冶師が顔をしかめる。


「大丈夫!今回は代金の代わりに、とびっきりの『鉱石』を持ってきたから!これでなんとか!」


 リッカはリュックから麻袋を取り出し、カウンターの上にゴロリと転がした。


 中から、様々な大きめの石がこぼれ落ちる。


「どう?いい鉄になる?」


「はん、素人が拾ってきた石ころなんぞ…」


 鍛冶師は鼻で笑いながら、面倒くさそうに黒い石を手に取り、丹念に調べ始めた。


「どれどれ…ん?」


 数分後。


「…おい」


「なに?」


 鍛冶師がゆっくりと顔を上げた。


 その顔色は、火の消えた灰のように蒼白だった。


 唇がわななき、言葉にならない呼吸音だけが漏れる。


「…リッカ、お前、これ…どこで…」


「なによ、ただの鉄じゃないの?」


「鉄だァ!?ふざけるな!!」


 鍛冶師が拳でカウンターを叩き、怒鳴り声を上げた。


「こっちの黒いのはな、幻の金属、深淵鉄アビス・アイアンだ!ミスリルより硬く、魔法を吸い込む性質がある国宝級の代物だぞ!?」


「えっ!?」


「それに、こっちはミスリル銀の原石…黒魔銀ダーク・ミスリルまであるじゃねぇか…」


 店内の空気が凍りついた。


 炉の火が燃える音だけが、やけに大きく聞こえる。


 リッカは口をポカンと開けたまま固まった。


「おまえさん…これだけで城が五、六個建つぞ…?」


 鍛冶師は、リッカが背負っているリュック――まだ数個の麻袋が入っている――を、震える指で指差した。


「…は?」


 リッカの思考が停止した。


 背中のリュックが、急に重く感じられた。


 物理的な重さではない。


 価値の重さだ。


(私…国家予算を背負って、あの大森林を走ってたの…?)


 サーッと血の気が引いていく。


 脳裏に、ルミナの涼しい顔と、「色々と見繕っておきました」という何気ない言葉が再生される。


「あ、あそこの『見繕い』の基準、どうなってるのよぉぉぉぉッ!!」


 リッカの絶叫が、鍛冶屋に響き渡った。


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