第十八話「復興の槌音と、職人たちの流儀」
翌朝。
バベル・ガーデンには、けたたましい音が響き渡っていた。
カン、カン、カン!ドォォォォン!
それは戦闘音ではない。
日常を取り戻すための、再生の音だ。
世界樹の痙攣によって半壊した第3居住区画。
その修復現場で、粉塵にまみれながら指揮を執る一人の女性がいた。
総務部長、聖女ルミナである。
「A班は外壁の補強!賢者様がかけた『構造固定魔法』の効果が切れる前に、物理的な支柱を入れなさい!」
「B班、資材搬入が遅れてるわよ!ミノタウロス隊を遊ばせないで、石材を運ばせて!」
「C班、負傷者のリスト更新はまだ!?ポーションの配給数を確定させなさい!」
ルミナの声は枯れかけていたが、その指示に迷いはなかった。
彼女の目の下には薄っすらと隈がある。
昨夜から一睡もしていないのだ。
だが、彼女は倒れない。
大家が体を張って守ったこの場所を、元の姿――いや、それ以上に快適な場所に戻すこと。
それが「管理を任された者」としての責任だからだ。
(被害自体は痛い出費だけど、世界樹本体が無傷だったのは不幸中の幸いね)
彼女は崩れた壁を見上げ、決意を新たにペンを走らせ、声を張り上げた。
◆◇◆◇◆
一方、下層。
灼熱と湿気が支配するボイラー室のさらに奥、複雑に入り組んだ配管エリア。
そこには、狭いダクトの中を這いずり回る巨漢の姿があった。
温泉管理部長、魔王ガルシスである。
「ぬぐぐ…!ここもか!ここも歪んでいる!」
ガルシスは舌打ちをした。
世界樹の身震いは、塔の血管とも言える配管設備に深刻なダメージを与えていた。
特に、彼が心血を注いで作り上げた「煉獄サウナ」への蒸気供給ラインに亀裂が入っているのは致命的だった。
「おのれ…!私のサウナを、大家殿の癒やしの時間を、これ以上邪魔させてたまるか!」
ガルシスは亀裂の入ったミスリル合金のパイプを、素手で鷲掴みにした。
そして、掌から漆黒の炎――『黒炎』を噴出させる。
ジュゥゥゥゥッ!!
本来なら全てを無に帰す破壊の炎を、彼はミリ単位で制御し、パイプの溶接に使っていたのだ。
神業的な魔力コントロール。
かつて世界を焼き尽くそうとしたその力は今、「お湯と蒸気を守る」ためだけに使われている。
「よし、繋がった!次だ!次の亀裂へ急ぐぞ!」
煤だらけの顔で、魔王は再び闇の中へと消えていった。
全ては、大家の「いいお湯だったわ」という一言のために。
◆◇◆◇◆
さらにその上層、牧場エリア。
そこには、悲鳴を上げながら走り回る男の姿があった。
牧場統括責任者、勇者アレクセイである。
「クイーン様ァァァッ!!ご無事ですかァァァッ!!」
昨夜の震動は、デリケートなスライムたちにとって命取りになりかねない。
もしクイーンがストレス死でもしていたら、自分もあとを追って肥料になるしかない。
アレクセイは転がるように飼育部屋の扉を開けた。
「…!」
そこには、プルプルと震える巨大なクリスタル・スライムの姿があった。
だが、それは恐怖の震えではなかった。
彼女の周りには、分裂したばかりの小さな子スライムたちが集まり、母体に守られるように身を寄せ合っていたのだ。
「よ、よかった…!子スライムたちを守っていたんですね…!」
アレクセイは安堵で膝をついた。
クイーンの体色は、以前よりも鮮やかな虹色に輝いている。
どうやら、アレクセイが常日頃から愛情を持って接していたおかげで、緊急時に「パニック」ではなく「群れの防衛」という行動を取ることができたようだ。
「偉いです、クイーン様!ああ、なんと健気な…!」
アレクセイは涙ぐみながら、最高級の魔鉱石を餌として差し出した。
クイーンが嬉しそうに触手を伸ばし、アレクセイの頭を撫でる(粘液まみれにする)。
牧場の被害は軽微。
それは、牧場主の日頃の献身が生んだ奇跡だった。
◆◇◆◇◆
そして、お昼時。
第3居住区画の瓦礫の横に、臨時の野外キッチンが設営されていた。
そこから漂う暴力的なまでに食欲をそそる香りが、疲弊した作業員たちの足を止めさせる。
「ほら並べ!休憩時間は短いぞ!食った奴から午後の作業に戻れ!」
怒号を飛ばしながら、巨大な寸胴鍋を振るっているのは、総料理長ヴォルグだ。
厨房の壁にヒビが入ろうとも、上水管が破裂しようとも、彼の仕事は止まらない。
彼は知っている。軍隊(組織)を維持するために最も必要なのは、温かくて美味い飯であることを。
「本日のメニューは、オリハルコン鍋で煮込んだ『特製・復興豚汁』と、超火力で炊き上げた『魔米のおにぎり』だ!スタミナ回復効果マシマシだぞ、食え!」
「う、うめぇぇぇ!」
「生き返るぅぅ…!」
オークも、ゴブリンも、人間も、一緒になって汁を啜り、飯を喰らう。
その光景を、ヴォルグは腕組みをして満足げに見守っていた。
「…お疲れ様です、料理長」
そこへ、視察と休憩を兼ねてルミナがやってきた。
彼女の手には、少し震えが見える。極度の疲労だ。
「聖女殿か。…食うか?」
「ええ。一杯、いただけますか」
差し出された豚汁を一口啜る。
熱い。
だが、その熱さが五臓六腑に染み渡り、冷え切っていた芯を解かしていく。
根菜の甘みと豚肉の脂、そしてヴォルグの「意地」が詰まった味だ。
「…美味しい」
「当たり前だ。俺の料理だぞ」
ヴォルグは鼻を鳴らす。
「安心しろ。腹が減っては戦(復興)はできん。お前たちが壁を直している間、俺が胃袋を支えてやる」
「ふふ…。頼もしいですね」
ルミナは小さく笑った。
かつては敵同士だった魔王、勇者、将軍、そして聖女。
そんなちぐはぐな四人が、今では一つの「バベル・ガーデン」という家を守るために、背中を預け合っている。
(悪くないわね…こういうのも)
ルミナは最後の一滴まで汁を飲み干すと、パンと頬を叩いて立ち上がった。
「さて!午後も気合を入れていきますよ!日没までに外壁の穴を塞ぎます!」
復興の槌音が、高らかに響く。
それぞれの職人が、それぞれの流儀を持って日常を取り戻していく。
その頼もしい音色は、世界樹の最上層でまどろむ大家にとって、何よりの子守唄となっていた。




