表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/24

第十五話「世界樹の悲鳴と、崩れゆく日常」

 その異変は、平和ボケしそうになるほど穏やかな真夜中に、唐突に訪れた。


 ドクン…ッ!!


 地鳴りではない。


 それはもっと生々しく、巨大な心臓が不整脈を打ったような、底知れぬ圧迫感だった。


 大気中のマナが軋み、空間そのものが悲鳴を上げている。


 最上層『樹洞の聖域』。


 世界樹の幹の内部にあるこの絶対不可侵領域で、泥のように眠っていた真音は、直後に襲ってきた激震によって物理的に叩き起こされた。


 ズガガガガガガガッ!!


「…痛っ!?」


 体が宙に浮き、テーブルの脚に側頭部を強打する。


 真音は涙目で呻き、不機嫌の塊となって布団から這い出した。


 普段なら、どんな軍勢が攻め込んで来ようとも、メルキオラスの鉄壁の防音結界が騒音を遮断してくれる。


 だが、音は消せても、天地を揺るがすような『物理的な振動』までは防ぎきれない。


 ましてや今回の揺れは、外からではなく、内側(足元)である、床――すなわち世界樹そのものから、苦悶の咆哮として響いてきていたのだ。


「なにこれ!?」


「真音ちゃん、まずいよ!これを見て!」


 メルキオラスが、いつになく焦った声を張り上げる。


 彼が空中に展開した数十の監視モニターは、その全てが危険信号アラートを示す深紅に染まっていた。


「魔力モニターが計測不能を起こしてる!バベル・ガーデンの土台である『世界樹』のマナ循環が逆流して、痙攣けいれんを起こしてるんだ!」


「世界樹が…?」


 真音が窓の外へ視線を走らせると、そこには信じがたい光景が広がっていた。


 世界樹の幹にへばりつくように増築された、バベル・ガーデンの石造り居住区画。


 その堅牢な外壁に、樹皮の下から盛り上がった太い「根」や「枝」が、まるで浮き出た血管のようにメリメリと食い込んでいる。


 みしみし、と岩が砕ける音が響く。


 それはまるで、家(世界樹)そのものが、背中に背負った異物バベル・ガーデンを拒絶し、振り落とそうとしているかのようだった。


 バキバキバキッ!!


 轟音と共に、第3居住区画(勇者たちの宿舎)の基部が弾け飛び、巨大な根が室内に侵入する。


 支えを失った居住区画が、重力に引かれて傾いだ。


「うわあああ!床が抜けるぞ!」


「逃げろ!世界樹が暴れてやがる!」


「隊長!第3区画が崩落します!出口が塞がれました!」


 下層からは、数千人の悲鳴と怒号、そして破壊音が不協和音となって響いてくる。


 バベル・ガーデンの崩壊だ。


 このままでは、居住施設という「機能」が、物理的に圧殺される。


「くまちゃん、原因は!?」


「解析急ぐよ…わかった!世界樹の深層領域で、魔力循環システムが暴走してる!まるで、体の中に『猛毒』を打ち込まれて、高熱を出してのたうち回っているみたいだ!」


 真音の顔色が変わる。


 土台である世界樹が倒れれば、そこに沿うように築かれたバベル・ガーデンも、ガルシスの温泉も、アレクセイの牧場も、すべてが雲海の下へと崩落し、塵となる。


 そして何より――。


「…私の家を、勝手にリフォームしようとするなんて」


 真音の双眸に、寝起きの不機嫌さを超えた、冷徹な「大家」の光が宿る。


 だが、今回は殴るべき「不届き者」が目の前にいない。暴れているのは、この巨大な家の「大黒柱」そのものなのだ。


 下手に力任せに暴れれば、自分がトドメを刺して世界樹をへし折ってしまう。


「ラズリ!」


『御意!我が君の意図、心得た!』


 主の思考を瞬時に読み取り、ラズリが即座に巨大化してテラスから飛び出す。


 彼は蒼い鱗を煌めかせながら外壁沿いを旋回し、崩落寸前の第3居住区画を下から物理的に支えた。


『ぬぅ…重いぞ!真音、長くは持たん!これ以上暴れられれば、支えられる限界を超える!』


「わかってる!くまちゃん、世界樹の『患部』はどこ!?」


「ここから真下!深度一五〇〇、樹の心材コア部分だ!でも、そこには通路なんてないよ!?転移しようにも魔力乱流が酷すぎて座標が定まらない!」


「通路がないなら、開けるまでよ」


 真音は床(世界樹の幹)に手を当てた。


 掌を通して、巨木の苦しみと、脈打つ膨大なエネルギーを感じ取る。


 彼女は深く息を吸い込み、魔力ではなく、純粋な腕力だけで拳を振り上げた。


 狙うは、樹の繊維の隙間。


 世界樹の構造強度を落とさず、かつ最短距離で患部へ到達するための、針の穴を通すような一点。


「開通(トンネル・工事)!!」


 ズドォォォォンッ!!


 精密かつ暴力的な一撃が床を貫いた。


 衝撃波が抜け、人間一人が通れるだけの綺麗な縦穴が開通する。


 その奥からは、濃厚すぎるマナの奔流と、腐った果実のような鼻を突く異臭が吹き上げてきた。


「行ってくる。…ルミナたちには伝えて。『避難誘導を頼む』って」


 それだけ言い残し、真音は躊躇なく穴の暗闇へと飛び込んだ。


 そこは、バベル・ガーデンの住人すらその存在を知らない、世界樹の体内ダンジョンだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ