第十話「深淵の古代兵器と、聖女の諦観」
バベル・ガーデンの地下深層。
現在、アレクセイたちが働いている牧場エリアや、ガルシスのボイラー室よりも遥か深く。
そこは、ルミナたち従業員たちには存在すら知らされていない「封印区画」だった。
ひんやりとした冷気と、数千年分の沈殿した闇。
普通の人間なら足を踏み入れただけで発狂しそうなその空間に、場違いなほど軽快な少女の声が響いた。
「わあ、懐かしい!ここ、昔くまちゃんが『自動掃除ゴーレム』の試作機を捨てた場所よね?」
「黒歴史を掘り返さないでよ〜。あれ、敵味方識別装置がバグって、動くもの全てを『ゴミ』と認識して焼却しちゃうから封印したのに」
真音とメルキオラスは、まるでピクニックに来たかのような足取りで進んでいく。
何人たりとも立ち入ることができなかった禁断の地。
だが、真音たちにとっては、単なる「思い出のゴミ捨て場」に過ぎないのだ。
その前方を、本来の巨大な姿に戻った蒼天竜ラズリが、鱗から青白い燐光を放ちながら先導していた。
『…む。前方より反応あり』
ラズリが足を止め、鼻を鳴らす。
闇の奥から、ギギギ…という不快な駆動音が響いた。
赤いセンサーの光が無数に灯る。
現れたのは、全身が錆びついたような装甲で覆われた、身長五メートルを超える巨大な機械人形の群れだった。
その腕には回転ノコギリと、殲滅用の魔導カノン砲が搭載されている。地上に出れば、小国なら一晩で更地に変える災害級の兵器だ。
『旧式の自律兵器か。…ふん、雑魚が』
ラズリは愉しげに口元を歪めた。
『どけ。我が君の散歩コースだ』
放たれたのは、絶対零度の凍気。
わずか一息。
それだけで、通路を埋め尽くしていた殺戮兵器の軍団は、悲鳴を上げる間もなく美しい氷のオブジェへと変わり果てた。
「キャー、コワーイ(棒読み)」
「真音ちゃん、顔が笑ってるよ」
真音は全く怯まない。むしろ、その瞳は獲物を見つけた肉食獣のように輝いていた。
「次!次は私の番ね!」
氷像を蹴散らしながら奥へ進むと、広大な実験場に出た。
そこには、獅子の頭、山羊の胴体、蛇の尾を持つ巨大な合成獣が鎮座していた。古代の「失敗作」の成れの果てだ。
『GYAOOOOOOOOOOッ!!』
キメラが咆哮し、音速を超える速度で跳躍する。
だが、真音は一歩も引かなかった。
「…遅い」
ドゴッ!!
鈍い音が響き、キメラの巨体が「右拳」一発で吹き飛んだ。
壁に激突し、肉塊へと変わる合成獣。
だが、真音は不満げに拳を見つめた。
「うそ…これだけ?もっとこう、私の骨が軋むような、魂が震えるような一撃はないの?」
圧倒的すぎるがゆえの退屈。
彼女は苛立ち紛れに、部屋の中央にあった「巨大な赤い水晶」を蹴り飛ばした。
「期待させといて…興醒めなのよッ!!」
バギィィィィンッ!!
水晶が粉々に砕け散った。
その瞬間。
実験場の空気が一変した。
ウゥゥゥゥゥゥゥゥン…。
地響きのような重低音が鳴り響き、壁面の古代文字が一斉に赤く発光し始めたのだ。
「あ」
メルキオラスが口元を押さえた。
「どうしたのくまちゃん?」
「真音ちゃん…それ、『最終防衛システム』の起動スイッチ…」
ズズズズズズズッ…!!
床が割れ、地下深くから「それ」がせり上がってきた。
全長五〇メートルはあろうかという巨体。
神々しくも禍々しい、金属と生体部品のハイブリッド装甲。
背中には七本の光の翼を展開し、顔には目も口もなく、ただ「破壊」を象徴する巨大なレンズだけが埋め込まれている。
「あちゃー…やっちゃった」
メルキオラスが頭を抱える。
「あれって、超古代魔法文明が、神に対抗するために作り上げたけど、制御不能になって封印した禁忌の代物だね…確か、名は『巨神兵器・ティタノマキア』。オリハルコンがふんだんに使われているはずだよ」
『オオオオオオオオオオオオ…』
巨神が咆哮するだけで、アビス・エリア全体が激震した。
そのレンズに、破滅の光が集束していく。
真音は、その光を見つめていた。
かつてないほど瞳をキラキラと輝かせて。
「…すごーい!大きい!」
◆◇◆◇◆
「け、警報ッ!地下深層より高エネルギー反応!計測不能!計測不能ですッ!」
地上、広大な総務室の一角、管理エリアでは、元・魔王軍のオペレーターたちが悲鳴を上げていた。
魔力探知レーダーが真っ赤に染まり、警告音が脳を揺らす。
「震源地は…封印区画!?」
「そんなとこがあったのか…」
報告を受けた総務部長ルミナが、顔面蒼白で駆け込んできた。
「状況報告!何が起きているの!?」
「ぶ、部長!モニターを見てください!地下で『ナニカ』が動き始めました!」
メインスクリーンに映し出された映像を見て、ルミナは息を呑んだ。
そこには、地下空洞を埋め尽くすほどの巨神が、口から極太の破壊光線を撒き散らし、周囲を更地に変えている地獄絵図があった。
触れるもの全てを原子分解する光の雨。
バベル・ガーデンの基礎構造すら揺るがす圧倒的な破壊の化身。
「な…なんなの、あれ…神話の世界…?」
震える声が漏れる。
あんなものが地上に出てくれば、バベル・ガーデンはおろか、周辺国家ごと地図から消滅する。
だが、オペレーターが絶叫した。
「そ、それだけじゃありません!巨神の足元!拡大します!」
映像がズームされる。
そこには――崩落する瓦礫と光線の雨の中、満面の笑みで巨神を見上げる大家の姿があった。
『わははは!いいわね、そのビーム!ちょっと熱いじゃない!』
『ぬん!我のブレスと押し合うとは、中々やるなデカブツ!』
真音とラズリが、楽しそうに巨神の攻撃を正面から受け止め、殴り合っていた。
まるで、新しい玩具を見つけた子供のように。
「あの方たち…!」
ルミナは理解してしまった。
この災害は、自然発生したものではない。
あの三人が、退屈凌ぎに「うっかり」封印を解き、遊び相手として起動させたのだと。
「ふ…ふふふ…」
ルミナの口から、乾いた笑いが漏れた。
「ぶ、部長…?」
ルミナはモニターを見つめた。
そこでは、真音が巨神の腕を素手でへし折り、ラズリが光の翼を引きちぎっている光景が映し出されている。
「あれは…天災よ。私たちはただ、嵐が過ぎ去るのを祈って、事後処理(残業)の準備をするしかないの…はぁ…、勝てないわけね」
ルミナは諦めたように苦笑し、すぐに総務部長の顔に戻った。
「総員、地下隔壁を閉鎖!大家様たちの『火遊び』の余波が居住区に来ないように結界を張りなさい!…あと、帰ってきたらお説教よ。たっぷりとね!」
地下で大暴れする三人の最強の笑顔と、地上で胃を痛めながらフォローする数千人の債務者(部下?)たち。
バベル・ガーデンの日常が、ようやく「正しい形」で回り始めたのだった。




