第16章 「シュウバの涙と闇竜ネクロス。」
闘技場に立つアレックスの背から光が奔り、
白銀の翼が爆ぜるように展開した。
その姿は人ではなく
天空人の真形。
シュウバは、もう“生者”ではなかった。
ルシフェルの死者蘇生の禁術で蘇り、
*を憎悪と呪詛に縛られた存在《憎魔》と化していた。
黒い皮膚がひび割れ、赤い筋が全身を脈打つ。
血涙を垂らしながら、シュウバは吠えた。
「勇者ぁ……俺の親を殺した貴様が……
なぜ……生きてる……ッ!!」
アレックスは剣を構えたまま、静かに答えた。
「……俺はお前を親を殺していない。
だが、お前の魂は……誰かに利用されている」
「嘘をつくなぁぁ!!」
シュウバの腕が獣のように変形し、
漆黒の刃となってアレックスに叩きつけられた。
ガギィィィン!!
翼が翻り、アレックスは受け流した。
光が散り、影が飛び散る。
「シュウバ……戻れ! お前の魂は本当は……!」
「うるさいッ!俺は……もう死んだんだ!!
もう……帰る家も、名前も……ないんだよぉぉ!!」
その叫びは、哀しいほど人間だった。
アレックスは歯を食いしばる。
「……なら俺が、お前を解放する!」
翼から蒼白い光が溢れ、アレックスの真名が響く。
「《アーク・ルーメン=アレックス》!!」
観客席でリリィが涙をこぼした。
「勇者さまの真名……!
魂を癒し、穢れを断つ光……!」
アレックスの剣に光が宿り、
シュウバの胸元へ一直線に――
「ごめん……シュウバ……!」
閃光。
黒い憎魔の殻が砕け、
シュウバの本来の魂がふわりと姿を見せた。
「……アレックス……
俺……やっと……思い出した……」
穏やかな笑顔だった。
「親を殺したのは……
勇者を憎ませるための……“幻覚”だったんだな……
あいつが……全部……」
アレックスは頷けず、震える拳を握った。
「すまない……守れなくて……」
「……ああ……
でも……最後に、人に戻れて……よかった……」
シュウバの魂は光に包まれ、静かに消えた。
アレックスの翼が揺れ、涙が落ちた。
◇◇◇
その瞬間
地響き。
大気が悲鳴を上げる。
闘技場の真下から、
巨大な闇が昇るように浮かび上がった。
「グォオオオオオオオオオォォォォ――――ッ!!」
地獄の底を擦るような咆哮。
それだけで数百人が気絶する。
闇竜ネクロス。
全長は数百メートル。
四本の角は黒い稲妻を帯び、
鱗は闇そのもののように光を吸収する。
翼は裂けた影の布のように揺らぎ、
胸には、死んだ無数の魂がうごめいていた。
アレックスの顔が蒼白になる。
「……なんて……悪意の塊だ……!」
ネクロスの尾が地面を薙ぎ払った。
――ズゴォォォォン!!
闘技場の半分が崩れ落ちる。
アレックスは空へ舞い上がり、
翼から光弾を放つ。
「はぁぁぁああッ!!」
光弾が命中するが、
ネクロスの闇鱗は傷すらつかない。
ネクロスの口が開き、
吸い込むような黒炎が噴き出した。
「■■■■■■■■■■■――――――――ッ!!!」
アレックスはギリギリで回避する。
「くっ……防御に専念するだけで精一杯か……!」
まさに“死の神格竜”。
一対一では勝負にならない。




