第15章 「勇者アレックス ― 真名解放(ネーム・オブ・ライト)」
闘技場は、もはや戦場ではなかった。
地割れが走り、地下から闇竜ネクロスの咆哮が地響きとなって押し寄せ、
憎悪に飲まれたシュウバは咆哮とともにアレックスに迫る。
その中央で――
アレックスの体だけが、異様な静寂に包まれていた。
僧侶リリィが声を震わせる。
「アレックスさま……あの光…… これは……これはもう、“人間の魔力”じゃありません……!!」
魔法使いエリオが息を呑む。
「まさか……勇者の真名……!
世界と契約された、唯一無二の名が解放される時の兆候……!!」
光は大地から、空から、アレックスの背中へと吸い寄せられる。
風は渦を巻き、
砂塵は舞い上がり、
闘技場の天井の結界がきしむほどの圧が放たれる。
ルシフェルが眉をひそめる。
「ほう……来るか、勇者の“真名”。 だが遅い。ネクロスの復活したのだ。」
その言葉に呼応するように――
地下から黒煙が噴き上がる。
◇◆◇
地下より浮上する――“闇竜ネクロス”
地面が爆発した。
巨体が闇を撒き散らしながら闘技場に姿を現す。
影ではない。
咆哮ではない。
“絶望そのもの”が形を持った存在。
漆黒の鱗は光を吸い取り、
背から伸びる二対の闇翼は空間そのものを歪めている。
目は赤黒く滲み、視線だけで人の魂を削る。
観客は逃げ惑い一部はその場で膝をついて震え出した。
「グォオオオオオオオオオォォォォ――――ッ!!」
その声はただの咆哮ではなかった。
黒紅の魔力が波となって周囲を叩き潰し、
観客席の石柱が一斉に砕け散る。
さらにネクロスは、
胸の奥深くに眠る“古代竜語”の呪響を放つ。
「ヴルアアアアアア・ドグ=ロアアアァアアッ!!
グルォォォォ……ギャラアアアアアア!!」
空気が震え、
耳が張り裂けそうな衝撃音が広がる。
耳をつんざく、古代語すら超える咆哮。
その瞬間、シュウバの動きもさらに加速しアレックスへ“同時に”迫る。
だが。
そのサンドイッチの死角で
アレックスの背中が、光の羽に包まれた。
リリィ:「出ます……!!
アレックス様の“真名”……!!」
戦士ブレインが目を見開く。
「なん……だよ……あれ……! 背中から……翼が……!」
エリオは震える声で叫んだ。
「違う! あれは翼じゃない……“天空人”の証だ!!
伝説の天空と地上を繋いだ勇者だけが発現する光の形質……!」」
アレックスの髪が光の風に揺れ、
瞳は黄金に燃え上がる。
背に展開したのは
羽根ではなく、光子の結晶が広がって形成する“天翼”。
地上のものではなく、
魔族のものでもなく、
神域の存在に近い。
アレックスがゆっくりと目を開いた。
「……思い出した」
シュウバが襲いかかる刃を振り上げる。
アレックスは振り向きもしない。
だが、刃が届く直前
シュウバの腕は「風圧」で弾かれた。
アレックス:「俺の真名を。この世界に与えられたもう一つの名を……!」
勇者の体が浮き上がる。
光が空を裂く。
「我が名は――アレクト・セラフ・アークライト!!
天地と契約せし“天空勇者”……ここに覚醒する!!」
闘技場の天井に、光の紋章が咲き誇った。
風が爆発し、砂が飛び散り、観客席に衝撃波が走る。
僧侶リリィが涙をこぼす。
「……アレックス様……!
ついに……真名が……!」
魔法使いエリオ「これが……真の勇者……!」
戦士ブレイン「とんでもねぇ……こんな力……見たことねぇ……!」
そして
光の翼を背に、空中で停止したアレックスが、
シュウバとネクロスを同時に見下ろす。
黄金の瞳が燃え上がる。
「ルシフェル……
闇竜ネクロス……
そしてシュウバ……」
「お前たちは、ここで必ず止める!!
この世界のために俺自身のために!!」
ネクロスが咆哮し、
シュウバが再び跳びかかり、
ルシフェルが禁術第三段階の詠唱を開始する。
そして
天と地、光と闇、勇者と竜
すべてがぶつかる“史上最大規模の戦い”が始まった。




