第7章 「宿屋、満室!――冒険者たちの行列と初のトラブル」
オープンからわずか一週間。
《ゴールドリーフ・イン》の前には、連日長い行列ができていた。
「転移門付き宿屋だってよ!」
「防音結界の部屋もあるんだろ? 魔法練習し放題じゃねぇか!」
タクミはフロントで満室の帳簿を見ながら、胸を張った。
金貨の音が響くたびに、自分の選択が間違っていなかったと確信する。
しかし、経営とは甘くない。
ある夜、ガロンが顔をしかめて駆け込んできた。
「タクミ! 二階の202号室、見てみろ!」
タクミが部屋の扉を開けると、そこはまるでモンスターの巣窟だった。
床は泥だらけ、壁には剣の傷、ベッドの脚は折れ、魔法の焦げ跡まで残っている。
「こ、これは……どうやったらこんなになるんだ……!」
宿泊していたのはCランク冒険者の四人組。
“ダンジョン帰りで宴会しただけ”と悪びれもしない。
「掃除代? そんなもん払えるかよ。俺たちは英雄だぞ!」
怒りを押し殺しながら、タクミは頭を下げた。
「宿屋ってのは、“お客様”を選べない商売なんだな……」
それでも被害はそれだけでは終わらなかった。
翌週、長期滞在していた魔法使いの客が宿泊代を三週間も滞納。
連絡も取れず、部屋を開けると家具がなくなっていた。
金庫の中を確認するタクミの顔が、真っ青になる。
「収入が……減ってる。空室も出て、家賃収入が半減だ……」
異世界でも、現実の不動産投資と同じように“7つのリスク”が襲いかかる。
【7つの不動産リスク】
① 空室リスク … 入居者が減ることで収益が下がる。
② 滞納リスク … 宿泊費や家賃を支払わない入居者の存在。
③ 価格下落リスク … 建物や土地の価値が下がる。
④ 老朽化リスク … 修繕費の増大、設備の故障。
⑤ 金利リスク … 借入金利の上昇で返済負担が増える。
⑥ 災害リスク … 火災・地震・洪水などによる損害。
⑦ 市場変動リスク … 景気や観光需要の変動で客足が落ちる。
タクミは帳簿を見つめながら、静かに決意した。
「……このままじゃダメだ。管理とリスク対策を仕組みにしなきゃ。」
彼はギルドを訪れ、《宿泊管理部門》の窓口で契約を交わす。
「ギルドと提携すれば、滞納保証が受けられます。
さらに火災や盗難にも対応した“冒険者保険”も加入可能です。」
受付嬢が書類を差し出す。
そこには
火災保険+滞納保証制度」導入契約書の文字。
タクミはサインペンを握り、しっかりと署名した。
「これで、リスクをコントロールできる……!」
その夜。
宿の屋根の上で、満月を見上げながらタクミは呟いた。
「不動産投資は“戦い”だな……。
敵はモンスターじゃない。“数字とリスク”だ。」
夜風が吹き抜け、遠くで冒険者の笑い声が響く。
そして彼は、新たなノートを開いた。
タイトルは
『リスク分散と安定経営の教本(異世界版)』。
この日、タクミは“宿屋経営者”から“投資家”へと進化したのだった。
ワンポイント解説
■リスク分散とは?
リスク分散とは、
一つの投資や収益源に依存せず、複数の手段に分けてリスクを小さくすることをいいます。
たとえばタクミのように宿屋経営をしていると、
もし「一軒の宿が火災で営業停止になったら」
その瞬間、収入がゼロになるリスクがあります。
そこでリスク分散の考え方を取り入れると、
次のような工夫で安定した経営ができるようになります。
リスク分散の3つの基本戦略
① 複数物件に分ける
一つの宿屋に依存せず、複数の地域・タイプの物件を持つ。
どこか一つが赤字でも、他の施設がカバーできる。
② 保険でリスクを軽減する
火災・地震・滞納保証などに加入し、「万が一」に備える。
リスクを“お金で買う安心”に変えることができる。
③ 収入源を多角化する
宿泊以外にレストラン・貸会議室・ギルド契約などを展開。
収入の柱を増やして安定させる。
つまり、リスク分散とは「倒れにくい経営の仕組み」を作ること。
不動産投資では“攻めの戦略”だけでなく、
“守りの仕組み”を作ることが成功の鍵になるのです。
タクミもこの日、悟った。
「金貨を増やすより、“守る力”を磨く方が大事だ。」




