第8章 「格闘魔術士ルシフェルの企み」
第四試合、シュウバの“無音連打”が終了し、勇者アレックスが止めに入った。
ゴライアは地面に伏し、僧侶リリアが駆け寄って即座に治癒魔法を唱える。
「ア……アレックス様、大丈夫ですか……!」
リリアの手から柔らかい光が広がり、アレックスの疲労と軽い打撲を癒す。
アレックスは微笑む。
「大丈夫だ、リリア。これくらいは慣れてる。」
しかし胸の内では、シュウバの凄まじい殺意を強く感じていた。
観客席は、歓声というよりも、戦慄に包まれていた。
「シュ、シュウバ……怖すぎる!」
「次の試合、俺たち誰も立てないんじゃ……」
「あの暗殺者、普通の格闘家じゃない……!」
特に子どもや女性たちは、恐怖に顔をゆがめ、保護者の腕にしがみつく者もいる。
コロッセオ全体が、一瞬の静寂と恐怖に支配された。
“シュウバ恐怖症”そう名付けられるほどの圧倒的存在感だった。
その様子を、観客席の隅で静かに見下ろす青年がいる。
黒衣の青年ルシフェル=クロウ。
「やはり……封印の波動が反応しているな」
微笑の奥に、冷たい計算が光る。
彼の過去は王都で禁書庫の魔導書を盗み、国家から追放された罪人。
しかし、その知識と禁術は今、大会という舞台の中で静かに息を吹き返していた。
それは闘技場〈コロッセオ・ミストリア〉の地下の魔法陣に仕込まれた“封印解除の鍵”を動かすこと。
大会という混沌の力を利用し、封印を破ろうとしているのだ。
「勇者も強者も、すべて、私の計画の上で踊っているに過ぎない」
ルシフェルは人々の歓声をよそに、冷静に次の動きを思案する。
一方、宿〈星降る亭〉では秘書兼女将代理のミラが、経理帳簿を確認していた。
第四試合の賞金や観戦チケットの収入が、なぜか帳簿上で微妙にずれている。
「……これは……どういうことですの?
収入と支出が一致しませんわ……この不明金は何ですの?」
彼女は不穏な気配を感じつつも、落ち着いた表情でメモを取る。
その瞳の奥には、計算され尽くした警戒心が光る。
「まさか……この武道大会、ただの闘技会ではないのでわ……」
観客席からは、まだ興奮冷めやらぬ声が響いていた。
「シュウバ……まさか、あの静けさであんな力を……!」
「無言……なのに、圧倒的だ……!」
「これが“武神の継承者”か……!」
闘技場の砂埃が舞い上がり、シュウバは静かに立ち去る。
誰も彼の足取りに合わせて歓声を上げることはできなかった。まるで空気ごと彼の存在が支配しているかのようだ。
タクミは、観戦席の端で仮面の奥を凝視していた。
「……どこかで見た面影が……あの冷徹な瞳の奥に、昔の戦友の姿が重なる……」
胸の奥で、懐かしい戦いの日々と、失った者たちの記憶がざわめいた。
一方、闇の席でルシフェル=クロウは、薄く笑みを浮かべていた。
「……利用価値あり……ふふ、面白くなってきた」
彼の視線はシュウバの動きに鋭く絡み、闘技場の魔力の流れまで読もうとしていた。
無言の戦士の冷徹さと、圧倒的な実力――この大会は、彼の計画にぴったりだ。
その時、ミラがタクミのもとへ駆け寄る。
「タクミ様、裏口で不審な荷物搬入がありましたわ……」
タクミの表情が一瞬にして引き締まる。
「……荷物?中身は?」
ミラは小さく首を振る。
「現時点では不明です。運搬人も複数で、通常の搬入手順を避けていましたわ」
タクミは背筋を伸ばし、闘技場を見渡す。
「……何か動いているな。大会の盛り上がりに紛れて、誰かが何かを企んでいる……」
アレックスも、砂埃の向こうでシュウバを観察しつつ、険しい顔をする。
「タクミ様……この大会、ただの武闘会じゃない。危険が忍び寄っている……」
その瞬間、観客の歓声の奥で、誰も気づかぬように闇が蠢き始めていた
ルシフェルの計画、そして封印解除の序章が、静かに幕を開けたのだった。




