第2章 「勇者の宿泊 〈星降る亭〉」
遺跡都市ミストリアに夜の帳が下りる頃、〈星降る亭〉の扉が静かに開いた。
白銀の鎧を纏った勇者アレックスが、長旅の疲れを背負って足を踏み入れる。
タクミは微笑みながら迎え、ルーフバルコニーへと案内する。
ここは、街の光と古代遺跡を一望でき、夜空に瞬く星々と古代都市の灯りが溶け合う特等席だ。
「ようこそ、〈星降る亭〉へ。今夜は心ゆくまでおくつろぎください」
アレックスは肩の荷を下ろすように腰を下ろし、夜風に吹かれながら息を整える。
厨房から運ばれる料理は、星降る亭ならではの特別献立。
まず目を引くのは、銀色に煌めくスープ「星降る夜のポタージュ」。
夜空のように深い青色のスープの中に、金色のハーブが浮かび、香りだけで心を満たす。
続いて運ばれるのは、香ばしく焼かれた「月光のローストチキン」。
皮はパリッと黄金色に焼き上げられ、中は驚くほどジューシー。
古代のハーブと星塵スパイスで軽くマリネされ、口に含むとハーブの香りがふわりと広がる。
さらに彩り豊かな「天空野菜のグリル」。
赤、黄、紫の野菜が、火入れにより甘みを増し、軽く焦げた香ばしさが絶妙に混ざり合う。
小さな器に添えられた「流星ソース」を絡めると、酸味と甘みのバランスが口いっぱいに広がる。
デザートには、星型のゼリーと銀粉をあしらった「星屑パフェ」。
ひんやりしたゼリーとクリームの甘みが夜風と混ざり、口の中でまるで星空を舞う感覚が広がる。
ルーフバルコニーで星降る夜空を眺めながら、アレックスと仲間たちは料理に舌鼓を打つ。
その隣には、仲間たちも並んで座っていた。
僧侶のリリィは、目を閉じて手を合わせ、スープの香りを深く吸い込む。
「……ああ、この香り……ただの食事ではありません。心まで癒されます」
スープを口に含むと、自然と体中に温かさが広がり、旅の疲れが溶けていくようだった。
魔法使いのエリオは、指先で星屑パフェのクリームを軽く触れ、微かに魔力を感じ取る。
「この料理、魔法的な工夫も施されている……温度、風味、香りのバランスが完璧だ。星降る夜の力を宿しているようだな」
目を輝かせ、パフェの一口ごとに笑みがこぼれる。
戦士のブレインは、大きな手でローストチキンを掴み、豪快にかぶりつく。
「うまい……!これは、戦いに備える力を与えてくれる食事だ。星空の下で食べると、さらにうまさが増すな」
頬に広がる満足そうな笑みは、普段の無骨さとは違う柔らかさを見せていた。
アレックスは仲間たちの反応を見て、にっこりと微笑む。
「タクミ、いいな、この宿……癒された。明日の大会の前に、こんな夜を過ごせるなんて」
◇◇◇
タクミは勇者一行をおもてなしした後に宿屋の外に出た。
そのとき、タクミはふと外の街路樹で休む鋼の女戦士カーミラの姿に目を留めた。
風になびく金髪と鋼の手甲が夜空に映える。
タクミはそっと近づき、声をかける。
「カーミラさん、せっかくだし、宿に上がって食事をどうですか?腕によりをかけた料理を用意しています」
カーミラは振り向き、鋭い瞳をタクミに向ける。
「甘やかしは無用。食事は自分で用意できる」
言葉は短く、冷たく響くが、その背中の姿は、孤高の戦士としての誇りに満ちていた。
タクミは軽く肩をすくめ、微笑むしかなかった。
「……わかりました。でも、星降る夜空の下での料理、きっと気に入るはずですよ」
ルーフバルコニーに居た勇者アレックスは目を細め、カーミラを見て小さく呟いた。
「……あの人は、孤高戦士。でも、強くなる理由はしっかり持っている」
リリィ、エリオ、ブレインも、それぞれの席からカーミラを見やり、静かに頷く。
戦士として、魔法使いとして、僧侶としてそれぞれが彼女の孤高さを尊重していた。
夜空には満天の星が輝き、古代遺跡都市ミストリアの灯りと重なって幻想的な光景を作り出す。
タクミは深呼吸し、胸の奥で決意を固めた。
「さあ、明日はいよいよグランド・バトルフェスティバルだ……伝説の一日になる」
勇者アレックスとその仲間たちは、星降る夜空の下で、明日の戦いに胸を躍らせるのだった。




