第6章 「勇者を呼ぶための計画」
アテネが去ったあと、古代遺跡都市の空には、まだ淡い光の残滓が揺れていた。
夕陽が石造りの塔の陰を長く伸ばし、風が廃墟の街を吹き抜ける。
タクミは広場に立ち、黙って空を見上げていた。
「……勇者アレックスを探せ、か。」
ライラが隣に立ち、腕を組む。
「アテネの言葉、どうするつもり?」
タクミは少し考え、目を細める。
「……探すんじゃない。来てもらえばいい。」
トビーが首を傾げる。
「来てもらう? 勇者を呼ぶ方法なんてあるのか?」
タクミはゆっくりと遺跡の中央を指さした。
「この街そのものを“呼び声”にするんだ。
遺跡を再生し、人が集まる場所にして――勇者が自然と訪れる街を作る。」
翌朝、タクミたちは復興計画を正式に発表した。
名付けて――「観光遺跡都市計画」。
古代の遺跡を封印したまま保存し、外周を修繕して安全に見学・冒険ができるよう整備。
考古学者、魔導技師、鍛冶師、そして地元の職人たちが次々と集まり、石橋が修復され、倒壊した塔には足場が組まれていった。
「ここを、“観光と冒険の両立都市”として蘇らせる。」
タクミの言葉に、ミラは頷く。
「古代の知恵を今に活かす……素敵な試みですね。」
だが、タクミの真の狙いは別にあった。
遺跡の入口前――かつて冒険者たちが集まった広場。
その場所に、彼は巨大な仮設の闘技場を建てる計画を立てた。
「名目は観光事業の一環。けれど、本当の目的は――“勇者を呼ぶこと”だ。」
タクミは地図を広げ、指で印をつける。
「この遺跡前の広場を“聖域闘場”に改装する。
ここで、世界中の戦士たちが集う“武道大会”を開催する。」
トビーは驚いたように眉を上げた。
「勇者アレックスを呼ぶための大会か……確かに、戦いと名誉を求める者なら見逃さないだろうな。」
ライラが笑いながら剣の柄を叩く。
「いいじゃない。あたしたちも腕試しできる。」
タクミは微笑み、紙に書き込む。
優勝賞品:特注ミスリル製の武器と防具一式
そして“タクミ運営の宿がどこでも 一年間無料パスポート”
日が経つにつれ、広場には観覧席や装飾の建設が進み、街はまるで祭りのような賑わいを見せ始めた。
宿屋の客足が増え、露店が並び、職人たちは誇らしげに汗を流した。
タクミは完成したチラシを手に取り、満足げに頷いた。
『勇者アレックス様のご参加を心よりお待ちしております。』
主催:観光遺跡都市協会/代表 タクミ
ミラはチラシを見て微笑む。
「まるで手紙みたいですね、勇者への招待状。」
タクミは肩をすくめた。
「それでいい。想いが届けば、きっと来てくれる。」
やがて、ギルドを通じてチラシは世界各地へ配布された。
王都、砂漠の都市、港湾国家、そして地底の民の集落にまで。
半年後、遺跡の街は“勇者を呼ぶ街”として注目を浴びる。
しかし、タクミの思惑とは裏腹に、闘技大会には勇者だけでなく、闇の魔剣士、世界大会の覇者、暗殺者、黒魔導士など、“勇者を討つ者たち”までもが集い始めていた。
武道大会の広場に新たな火花が散る。それは、次なる嵐の予兆だった。
ワンポイント解説
■闘技場は古代ローマの遊楽文化の象徴
闘技場は、単なる戦いの場ではなく、「娯楽・信仰・都市の誇り」が融合した空間だった。古代ローマでは剣闘士の試合、獣との戦い、模擬海戦まで行われ、人々が社会の緊張を忘れ、都市の力を感じる場所でもあった。
タクミが遺跡前の広場に作る闘技場は、そうした「古代ロマンの再現」を目指したもの。
ただ戦うだけでなく、“人が集い、語らい、憧れる舞台”として設計されている。
その目的は、
「勇者を呼び寄せる」だけでなく、
「人々が再び夢を見る都市をつくる」こと。
まさに、タクミ流の“異世界冒険再生プロジェクト”である。




