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12/12全話完結【ランキング32位達成】累計3万3千PV『異世界不動産投資講座~脱・社畜28歳、レバレッジで人生を変える~』  作者: 虫松
第六部 異世界ビジネスホテル編

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第4章 「黒い査察 ― 星を奪う男バドレス」

ホテルガイド階級審査員、バドレス。

その名を聞けば、誰もが震える。


彼が一度でも「星を奪った」ホテルは、翌日には客足が絶えるという。

だが、彼の目は冷たくはあっても、死んではいなかった。


地底湖ホテル《ルミナグロウ》。

彼は“潰すために”そこへ来た。


報酬も名誉も約束されていた。

それなのにホテルの入り口の扉をくぐった瞬間、どこか懐かしい匂いがした。


「いらっしゃいませ!」

明るい声。

笑顔で迎えるミカの姿。

それは、かつて自分が若き日に信じていた“理想の宿”そのものだった。


「ようこそ《ルミナグロウ》へ。お好きな香りのアロマをお選びください」

温もりのある接客、自然光のような照明、どこか懐かしい土の匂い。


滞在初日。


バドレスは部屋の清掃チェック、スタッフの受け答え、料理の提供時間など、

細部まで冷酷に採点していた。

表面上は優しい客を装いながら、内心ではすべてを数値化していたのだ。


しかし、タクミたちの“日本式おもてなし”は、

AIにもマニュアルにも書かれていない「心の温度」を宿していた。


ミカは客室に飾られた花を見て、ふとこう言う。

「この花、きっとバドレスさんの好みじゃないかも……ちょっと変えてこようか」

その小さな気づきが、彼の心にひびを入れる。


地底ホテル《ルミナグロウ》。

夕暮れ、地底湖のほとりにランプが灯ると、

静かな波紋が光を受け、まるで星空が逆さに浮かぶようだった。


客たちは洞窟レストランへと案内される。

そこには、この地でしか味わえない“地底の饗宴”が用意されていた。


まず最初に出されたのは、

【光苔のスープ】

透明な器の中で、淡い青緑の光がゆらめく。

地底湖の湧水で育てた光苔をゆっくり煮出し、

塩ではなく、ミネラルを多く含む地底岩塩で味を整えてある。

ひと口すすると、まるで身体の奥から澄んでいくような優しい甘みが広がった。


次に運ばれたのは、

【岩魚の香草焼き ~洞窟バターソース添え~】

地底湖に棲む岩魚を、地上から運び込まれたハーブで包み、

溶岩石の余熱でじっくりと焼き上げる。

バターは地底の菌から発酵させた特製。

その香りは深く、岩魚の白身に滑らかに溶けていく。


さらに、温かい皿には、

【地底茸と地根菜のグラタン】

薄いクリームソースの中には、ほのかに光る茸と、

この地でしか採れない甘い根菜。食べるたびに違う香りが立ち上り、まるで“味が呼吸している”ようだった。


そして最後のデザート。

【結晶花の氷菓】

地底湖の表層に一夜で咲く氷の花をそのまま閉じ込めた、儚い一皿。

すくうと一瞬で溶け、花の香りが淡く残る。


食後、タクミは席の端に立ち、静かに一礼した。

「この料理は、地底の命そのものです。どうぞ、五感で感じてください。」


その言葉に、バドレスの胸がわずかに震えた。

査察官としての冷たい目ではなく、

一人の“人間”として、心を動かされたのは久しぶりだった。



その夜。


ホテルの部屋に戻ったバドレスは、

ランプの明かりの下で静かに報告書を開いた。


ページの上に、万年筆の先が触れる。


「清掃レベル:S」

床に一粒の埃もなく、湿度管理も完璧。

洞窟という環境下でここまでの清潔さを維持できるとは驚異。


「接客:S」

スタッフ全員が笑顔で迎える。

AIのような機械的完璧さではなく、“人間の温かさ”がある。

客の心を読むような一歩先の気配り。


「料理:S」

地底の素材を活かした創作料理。

どれも自然と人の調和を感じさせ、芸術の域。


そして最後に、ペン先が一瞬止まり

彼は小さく息を吐いた。


「改善点:なし」


彼の指先が止まる。

「……いや、違う。これは……俺の任務じゃない」


任務文書には明確に記されていた。

“星を与えるのではなく、奪え”。


低評価をつければ帝国に戻れる。

高評価をつければ「裏切り者」として抹消される。


どちらを選ぶかで、彼の人生は終わる。


ミカがノックする。

「お休み前に、ハーブティーをどうぞ。 この香り、疲れた心に効くって、お客様に教えてもらったんです」

その言葉が、心の奥に突き刺さる。

“お客様に教えてもらった”

彼女は“人から学んで”いる。

それこそ、帝国では最も忌み嫌われた思想。


彼は昔を思い出した。

まだ査察官見習いだったころ、

小さな宿の女将が言った。


「点数より、人の気持ちを見なさい」


その宿は後に、彼自身の手で“最低評価”をつけられ、潰された。

あの日から、心を閉ざしたのは自分だ。



◇◇◇



その頃、地上のトランプ ラッシュの《ラッシュイン・ゼロ》ホテルは、連日満員。

表向きは繁盛していたが、内部では社員たちの疲弊が限界に達していた。


秘書兼AI戦略担当 ヴァルキュリアが従業員を監視し、

「ノルマ未達、減給」

「笑顔指数70以下、再教育対象」

冷たい声が館内に響く。


トランプは言い放つ。

「感情はコストだ。心は数字に勝てない」


対するタクミは、スタッフを信じ、育て、

「体験」と「感動」で顧客満足を高めていた。


夜更け。


バドレスは鏡の前で、無表情の自分を見つめる。


「……俺は、何を守ってきた?」


報告書の最後の欄、“総合評価”に手を伸ばす。

“☆1”を記入すれば、命は守られる。

“☆5”を記入すれば、真実は守られる。


指が震える。

ペン先が紙をかすめた瞬間、涙が一滴、落ちた。


「……こんな気持ち、何年ぶりだ……」


バドレスは静かにペンを置く。

窓の外には、地底の灯りが星のように揺れていた。




翌朝。


彼はチェックアウトのカウンターで、タクミに深く頭を下げた。


「あなたのホテルの“接客”は……本物だ。 星を奪うことはできなかった」


そう言い残し、彼は闇へと帰っていった。

だがその背中には、確かに人間の温もりが戻っていた。



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