第5章 「住民投票 ― タクミの覚悟」
モグラ族たちの長老の地底会議場は、今までにない緊張感に包まれていた。
揺らめく地熱灯の明かりが、モグラ族たちの真剣な表情を照らしている。
混乱の中、タクミはゆっくりと立ち上がった。
拳を胸に当て、静かに、しかし力強く言葉を放つ。
「……俺たちは、この地底に“未来”を掘るために来たんだ。
モグラ族の誇りも、伝統も、すべて守ったうえで、“共に掘り、共に栄える”道を選びたい!」
その響きは洞窟全体に反響し、ざわめいていた会場を静寂で包み込んだ。
老若男女すべてのモグラ族が、タクミの瞳に宿る決意を見つめていた。
長老・グラモグが重々しく杖を突き、ゆっくりと前へ出た。
「ならば……われらの民の意志で決めよう。住民投票だ。」
その宣言に、群衆がざわめく。
賛成派と反対派、地底の未来を分ける戦いの火ぶたが切られた。
投票を前に、二人の長老が立つ。
賛成派代表:グラモグ。改革派であり、タクミたちの協力者。
反対派代表:ムネモグ。伝統の守護者であり、地霊信仰の象徴。
二人の対立はまるで、地底そのものが裂けるかのような激しさを帯びていた。
投票期間は長老代表者、立候補者の開示後の1ヶ月後。
地底のあらゆる集落で、民の声が集められていった。
タクミたちは、賛成派の票をまとめる後方支援に奔走した。
ミラは地熱利用の安全性を証明する書類を作り、トビーは地霊安定局の監査データを魔法で可視化する。
ライラは各部族の代表を回り、誤情報や不安をひとつひとつ取り除いた。
「“開発=破壊”じゃない。“共生”なんだ!」
タクミは夜通し演説を続け、汗まみれで訴え続けた。
だが
投票1週間前の夜、地底を揺るがす報せが流れた。
「グラモグ長老が帝国から金を受け取っていた」という告発だ。
それは反対派のムネモグ陣営が流したものだった。
真偽は不明。しかし、噂は瞬く間に地底全域へ広まり、
「開発は帝国の侵略だ」
「モグラ族を売る裏切り者だ!」
「金でモグラ族を売った!」
という声が次々と上がった。
タクミは信じられなかった。
「そんなはずない……グラモグさんが……!」
だが、世論は一夜にして傾いた。
祈祷場で灯されていた青い地霊火が、まるで悲しむように揺らめく。
3日後の朝、投票箱が開かれ、集計が始まる。
現在の支持率予想が監査データを魔法で可視化した。
トビーより報告された。
反対派 62% 賛成派 38%。
ミラが唇を噛みしめ、ライラが拳を握りしめる。
トビーは黙って地面を見つめた。
グラモグはゆっくりと杖を突き、敗北を認めるようにうなずいた。
「……これもまた、民の声だ。受け入れよう」
タクミは目を閉じた。
胸の奥に、悔しさと無力感が渦巻く。
しかし、その瞳にはまだ光が残っていた。
「まだ投票結果が出ていない……終わりじゃない。ここから信頼を取り戻して、もう一度、地底の未来を掘り起こしてみせる」
敗北の空気の中に芽吹いた、タクミの新たな覚悟。
その決意は、まだ誰も知らない“地底の奇跡の逆元劇”への第一歩となるのだった。
ワンポイント解説
■SNSデマによる選挙活動問題
このシーンで描かれている「グラモグの汚職疑惑」は、現代社会にも通じる“情報操作”や“SNSデマ”の象徴です。SNSや地底通信魔法のような情報網では、真実よりも“拡散力”が先行することが多く、たとえ虚偽でも、人々の感情に訴える内容ほど信じられやすい傾向があります。
このような“感情誘導型のデマ”が選挙に影響を与えるケースは、地上でも現実的な課題です。
誤情報が一度広まると、事実を訂正しても完全には回収できない。これが「情報の不可逆性」と呼ばれる問題です。
タクミたちが直面したのは、まさにこの「情報戦」。
地底における未来を決める投票が、“事実”ではなく“印象”で左右されようとしているのです。
地底の光と闇の戦いは、単なる開発の是非ではなく、「真実を見抜く力」を問う戦いでもあるのです。




