第2章 「 朽ちた宿と“表面利回り”の罠」
夕暮れの風が吹き抜ける辺境の街・ヴァルシア。
タクミたちは、崩れかけた木造二階建ての宿の前に立っていた。
看板にはかすれた文字で《風の館》と書かれている。
扉は傾き、屋根の一部は抜け落ち、周囲には誰もいない。
それでもタクミの目は輝いていた。
「ここ、いいな……! 売値が金貨五枚だ。帝都の建物物件価格の百分の一だぞ!」
ライラは呆れ顔で腕を組んだ。
「安すぎるにもほどがあるだろう。どう見ても今にも崩れ落ちる建物じゃないか」
トビーも魔法杖を掲げ、壁を光で照らす。
「柱の魔力反応がほとんどない……つまり、補強しないと人を泊めるのは危険です」
タクミは苦笑しながらも、手帳を取り出して数字を書き込み始めた。
「でも見てくれ。仮に月の宿泊収入が金貨一枚だとして、年間十二枚。
購入価格が五枚なら、表面利回りは420%だ!」
ライラは目を丸くする。
「すごい数字じゃないか!」
「そうだろう? これなら5か月ちょっと、で元が取れる計算だ」
その時、背後から低い声が響いた。
「若造よ、数字に騙されるな」
振り返ると、そこには老商人ルッソが立っていた。
赤銅の杖を片手に、風に長いマントを揺らしている。
「表面利回りなんぞ、幻にすぎん。数字だけを追う者は、すぐ破産する」
タクミは一瞬、反論しようとしたが、ルッソの眼光に圧倒され口をつぐむ。
「見てみろ、屋根は修繕が必要。梁は腐っておる。魔力導管も切れておるな。
修繕費に金貨三枚、維持費に毎年一枚。税と管理費でさらに一枚だ」
ルッソは指を折りながら、冷静に数字を並べた。
「つまり、この宿の実質利回りはこうだ――」
彼は地面に杖で計算式を描く。
年間収入12枚 − 維持費・修繕費5枚 = 実質利益7枚
7 ÷ 初期投資5 = 140%
「まだ悪くはないように見えるだろう? だが最初の一年で修繕が増えれば赤字になる。
しかも、辺境は冬が長い。客足が途絶える時期を考えれば、実質は半分以下だ」
タクミは沈黙した。
表面利回り → 数字上の“夢”。
実質利回り→現実の“重さ”。
「……つまり、“数字の魔法”に酔うな、ということか」
ルッソはうなずいた。
「そうだ。数字は道具にすぎん。使いこなす者だけが生き残る」
トビーが感心したように言った。
「まるで投資の賢者ですね」
「ふん、ただの老いぼれさ」
そう言いつつも、ルッソの目はどこか優しかった。
タクミはノートを閉じ、深く息をつく。
「ありがとう、ルッソ。……俺はこの宿を“買わない”」
ライラが驚く。
「いいのか? せっかく安かったのに」
「この街では“数字”より“信頼”を育てる方が先だ。
まずは地元の人たちと関係を築こう。いい物件は、そういうところから生まれる」
ルッソはにやりと笑った。
「少しは目が覚めたようだな。若造、数字を追うな。数字の裏にある“命の流れ”を見ろ」
タクミは頷いた。
「はい。“表面利回り”に惑わされず、“実質の価値”を掘り当てます」
夕暮れの風が再び吹き、崩れかけた宿の屋根が軋んだ。
だがタクミの胸には、確かな“学び”が刻まれていた。
「数字の魔法に騙されない。それが、真の異世界不動産王の第一歩だ」
ワンポイント解説
■不動産の“利回り”とは?
「風の館」でタクミが学んだ「数字の魔法」それは、実際の不動産投資でも非常に重要なテーマです。
利回りとは?
不動産の利回りとは、投資した金額に対してどれだけ利益を生むかを示す割合のこと。
1年間でどれだけ儲かるかを“見える化”する指標で、投資判断の第一歩となります。
しかし、ここに落とし穴が。
広告でよく見かける「利回り○○%!」という数字は、あくまで“表面利回り”です。
これは、管理費・修繕費・固定資産税などのコストを一切考慮していないため、実際の収益とはかけ離れている場合があります。
【表面利回り】の計算式
家賃 × 12ヶ月 ÷ 物件価格
例)
家賃10万円 × 12ヶ月 ÷ 1,200万円 = 10%
見た目は利回り10%ですが、これは“見せかけの利益”にすぎません。
【実質利回り】の計算式
(家賃 − 管理費 − 修繕費など) × 12ヶ月 ÷ 物件価格
例)
(10万円 − 管理費1万円 − 修繕積立金5,000円) × 12ヶ月 ÷ 1,200万円 = 約8%
実際の運用ではこの「実質利回り」で判断することが、失敗を避けるコツです。
高利回り物件の“誘惑”とリスク
一見して20%近い高利回りを謳う物件もありますが、
その裏には次のようなリスクが潜んでいます:
① 地価の安い地方に多く、入居者が付きにくい
② 老朽化が進み、修繕費がかさむ
③ 管理コストを削っているため、設備や清掃が行き届かない
つまり、「高利回り=高リスク」。
数字の魅力に惑わされず、実際の収益と維持コストのバランスを見極めることが、不動産投資の真髄です。
タクミのように、「安い」「利回りが高い」と飛びつくのではなく、「実質利回り」を見て冷静に判断することが、帝都でも辺境でも通じる“不動産の王道”。
異世界でも現実でも数字に踊らされる者は破産し、数字を見抜く者が“真の不動産王”になるのです。
地方は不動産の価格が乱高下しやすく、大損をする確率が高いです。高利回りな物件は一見よさそうに見えますが影にはハイリスクが隠れていますので注意しましょう。不動産屋は売りたいために良いことしかいいません。




