第10章 「帝都決戦 ― ホテル王たちの黄昏」
夜の帝都、ホテル街の中心にあるグランドロイヤルホテルは、
まるで王宮のように光を放っていた。
だがその光の奥に潜む“崩壊の気配”を、誰もまだ知らなかった。
タクミが《紅蓮亭》のロビーで報告書を読んでいたとき、
ドアが激しく叩かれた。
「タクミ様! 速報です! 帝都ホテル協会が……《グランドロイヤル》の営業停止を通達しました!」
空気が一瞬、止まった。
「……まさか」
リタが息をのむ。ピピは翼をばたつかせながら叫んだ。
「ほんとだよ!“協会公式板”にもう出てる! “違法接客および王族差別行為による懲戒”!」
その頃、豪奢な《グランドロイヤル》のロビーでは、
トランプ・ラッシュが怒号を上げていた。
「ふざけるな! 俺が誰だと思ってる!」
赤い絨毯を踏み鳴らし、彼は協会の使者を睨みつける。
「帝都ホテル協会理事長、プーチン殿の命だ。弁明は地方委員会で聞く」
「俺を地方の……ビジネスホテルに左遷だと!?」
金糸のマントを掴み、トランプは震えた。
「こんな帝都の片隅で築き上げた俺の帝国を、終わらせる気か!」
「終わらせたのはお前自身だ」
背後から声がした。
ゆっくりと歩み出るタクミ。
「王族を侮辱し、客を見下した時点で、あなたは宿主としての資格を、自分で捨てたんだ」
「貧民が……調子に乗るな!」
トランプの拳が振り上がる。だがその瞬間、重い声が場を制した。
「やめろ。お前たちの争いは、もう帝都を越えた。」
現れたのは、帝都ホテル協会の総帥、
不動産王・プーチン=オルレアン。
鋼のような髭と眼光、
その背後には、タクミの視線を避ける一人の男トランプの父、ドナルド・ラッシュの姿があった。
「プーチン殿……なぜ、息子のホテルを処分など!」
ドナルドが吠える。
「帝都の秩序を守るためだ。金と権力だけの宿は、腐る」
プーチンは冷たく言い放った。
だがタクミは、その瞳の奥に“別の意図”を見抜いていた。
「……協会の威信を守るため、切り捨てたんですね」
プーチンの眉がぴくりと動く。
「若造、何を知る?」
「知っていますよ。不動産王と呼ばれるあなたが、
帝都のホテル区画の再編計画を進めていることを」
タクミは懐から一枚の設計図を広げた。
それは、《紅蓮亭》周辺の土地再開発案、協会印付きの極秘資料だった。
「……誰からそれを?」
「あなたの部下が、“おもてなし”にほだされたんです」
タクミの笑顔は穏やかだったが、目は鋭かった。
プーチンはしばし沈黙した後、重く息を吐く。
「……なるほど。お前は面白い。だが、理想だけでは帝都は動かん」
「理想を笑う人間が、帝都を腐らせたんです」
二人の視線がぶつかり、静かな緊張が走る。
やがてプーチンが口角を上げた。
「では見せてもらおう。お前の“理想の不動産”が、帝都を変えるほどの力を持つかどうかを」
翌朝、《グランドロイヤル》は営業停止になり封鎖された。
トランプ・ラッシュは地方都市のビジネスホテルへと左遷。
帝都ホテル協会は再編へと動き始めた。
だが、タクミはそれを見ても驕らなかった。
紅蓮亭の玄関に立ち、まだ夜明けの街を見つめる。
「異世界不動産王の道は、まだほんの入口に過ぎない……」
カミーユが微笑んだ。
「次はどこの街へ?」
タクミは小さな鍵を取り出した。
梅ばあさんから託された《紅蓮亭》の鍵。
それを月光にかざし、静かに言った。
「次の新たな投資物件を探しに行こう。
この世界で、“本当のおもてなし”を根付かせるために。」
その背に朝日が差し込む。
炎のように赤い光が、帝都の空を染め上げていた。
✨第三部 帝都《紅蓮亭》編 完✨




