第8章 「帝都ホテル業界を舞台にした異世界経済戦争」
夜の帝都。
街灯の灯が揺らめく中、《紅蓮亭》の看板が突如、暗闇に沈んだ。
「停電!?」
リタが悲鳴を上げる。
厨房の火が落ち、湯釜のポンプも止まった。客たちはざわめき、外の通りでは黒服の影が車に乗り込む。
「……やられたな」
タクミは窓越しに呟く。
外部の送電盤が、意図的にショートされていた。
電力供給を握る業者《帝都エナジー》はトランプ・ラッシュ系列。完全に“裏”の仕掛けだった。
「非常用ランプ、点けて!」
カミーユの指示で、ボルクがランタンを並べる。
ピピが泣きそうな声を上げた。
「お客さん、帰っちゃうよぉ!」
だが、タクミは笑った。
「帰さないさ。こういう時こそ“人の力”で勝負だ」
彼は倉庫から、古いランプと蝋燭を運び出した。
やがて《紅蓮亭》の客間には、柔らかな灯が揺れる。
湯けむりの向こうで、ランタンの光が客たちの顔を照らす。
暗闇に浮かぶ“温泉宿の灯”は、まるで異世界の祈りのようだった。
「……明るさなんて、電気だけじゃないのね」
カミーユがつぶやく。
翌朝、《帝都新聞》の片隅にこう載った。
《停電でも営業続行!紅蓮亭、奇跡の“灯の宿”》
「お湯も温かく、心まで温まった」――宿泊客談。
SNSには“#奇跡の宿 #紅蓮亭の灯”のタグが拡散。
結果、停電どころか新規予約が急増した。
◇◇◇
だが、トランプ・ラッシュは黙っていなかった。
「SNSで人気? ふざけるな……」
彼は煙草をもみ消し、部下に命じた。
「偽名で100件、予約を入れろ。
当日、一斉キャンセルだ。支払いは前金なしでな」
数日後、紅蓮亭の予約表は満室。
喜ぶピピたち――だが当日、ほとんどの客が現れない。
「……これ、全部キャンセルです」
カミーユの声が震えた。
夜、玄関前には誰もいない。
湯だけが静かに湧き続けている。
タクミは無言で立ち上がると、メモ帳を開いた。
「予約フォームの改修と、来客保証金制度を導入しよう。
キャンセル客分の部屋は、今夜だけ半額で出すんだ」
ピピが手書きで「緊急割引券」を配り始める。
“キャンセル地獄”は、逆に通りすがりの客を呼び寄せた。
「泊まれるの?この時間に?」
「しかも半額!?」
その夜、紅蓮亭は再び満室となった。
タクミは笑う。
「攻めてきたなら、利用して勝つ。それが商売ってもんだ」
◇◇◇
その頃
トランプ・ラッシュの豪奢な新築ホテル《グランドロイヤル》に一本の報せが入った。
「隣国ルゼリアのプリンセス、帝都滞在を希望。
宿泊先はグランドロイヤルホテル。」
トランプはワインを掲げ、にやりと笑う。
「これで俺の勝ちは決まった。帝都の“顔”になるのはこのグランドロイヤルホテルだ」
噂は瞬く間に広がり、帝都中が沸き立った。
一方、紅蓮亭の面々もそのニュースを耳にする。
「プリンセスが……トランプのホテルに?」
ピピが口を押さえる。
カミーユが新聞を握りしめた。
「《帝都ホテル協会》の推薦って書いてある。あそこが仕組んだわね……」
リタが低い声で言う。
「つまり、相手はもう“帝都”そのものってことですか」
室内の空気が張りつめる。
タクミは静かに息を吐き、言った。
「だったら俺たちは、“帝都に選ばれない者”の宿として生きる。
肩書きも推薦もいらない。来たいと思った人を迎えるだけだ。」
カミーユがうなずく。
「協会の許可がなきゃ何もできない。そんな腐った世の中を変えてやりましょう」
湯けむりの向こうで、紅蓮亭の明かりが再び灯る。
次の戦いは、「権威」対「信念」。
帝都ホテル戦争は、王族をも巻き込む新たな局面へと進んでいく。




