第7章 「灰色の取引 ― 闇に潜む帝都ホテル協会の影」
朝の帝都は、冷たい霧に包まれていた。
《紅蓮亭》の裏口で、配達人が慌てたように箱を置き去りにして走り去る。
その姿を見て、カミーユが眉をひそめた。
「……また、納品書がないね」
「ここも切られたか」
タクミが帳簿を閉じる。米、肉、酒、どれも定期契約が突然打ち切られた。
取引先を変えようにも、どの商会も同じ言葉を返す。
申し訳ありません。《帝都ホテル協会》の意向で……」
その名を聞いた瞬間、場の空気が凍った。
それは、帝都すべての宿泊施設を統制する絶対的な権力機関。
登録を取り消されれば、どんな宿も営業できない。
その背後にいたのは、やはりトランプ・ラッシュだった。
昼下がり、《グランドロイヤル》の金色の車が紅蓮亭の前に止まる。
転生者トランプは笑みを浮かべ、タクミに声をかけた。
「よう、タクミ。水道契約が切れたそうじゃないか?」
「お前の仕業か、トランプ」
「はは、仕業なんて物騒な。帝都のルールを“正しく”使っただけさ」
彼の指には、帝都ホテル協会の紋章を刻んだ金の指輪。
それは、業界を牛耳る証だった。
「帝都で正義を語るなよ。ここは綺麗事だけじゃ生き残れん」
「お前の“帝都ホテル計画”ってのは、他人を潰すことか?」
「違うさ。俺は常に勝つだけだ。勝者が帝都を動かす。それがこの異世界の秩序だ」
トランプは勝ち誇った笑みを残し、車に乗り込んだ。
「勝者が帝都を動かす」
去り際に言い放った一言が、タクミの胸に焼き付く。
「貧乏人が井戸でも掘って湯でも沸かせば?この帝都でな ワハァハハハハ無理か」
◇◇◇
数日後
リタが裏庭の古井戸を発見した。
「これ、まだ使えるかも!」
調べると、地下には温泉成分を含む地脈が走っていた。
ボルクとピピが中心になり、即席で風呂釜を作り直す。
木の桶と岩を組み合わせた“手作り露天風呂”。
夜、タクミが灯りを点けた瞬間
湯けむりが月明かりを照らし、幻想的な光景を生んだ。
「帝都のど真ん中で、天然温泉だって!?」
「すげえ、これ全部手作りか!」
偶然訪れた旅人が“旅人板”(帝都版SNS)に投稿した。
《紅蓮亭、奇跡の天然湯。王都ホテルより癒やされる》
その書き込みは瞬く間に拡散。
翌朝には、紅蓮亭の前に行列ができていた。
カミーユは微笑んだ。
「水を止められても、湯が湧いた。皮肉なもんだね」
タクミは拳を握りしめ、静かに言った。
「ルールも圧力も、全部覆してみせる。
“本当のおもてなし”でな。」
その夜、帝都の闇で新たな会議が開かれていた。
トランプの背後に座る影が、低い声でつぶやく。
「紅蓮亭……想定外だな。運がいいやつだ。」
「動かしますか?」
「いや、まだ時期早々だ。もっと深く、闇に沈めてやれ」
帝都ホテル協会の“闇の取引”。タクミたちの戦いは、表の競争から、裏の権力闘争へと踏み込んでいくのだった。
ワンポイント解説
■都内でも温泉が出る?
実は「東京=温泉がない」と思われがちですが、意外にも23区内でも温泉は湧いています。地層を深く掘ることで、地下1,000メートル~1,500メートル付近から黒湯と呼ばれる天然温泉が得られる地域があるのです。
代表的なのは、大田区・品川区・板橋区など。これらのエリアでは、地下水に古代の植物成分が溶け込んでおり、琥珀色〜黒褐色をした「モール泉」が湧出します。保湿・保温効果が高く、“美肌の湯”としても人気です。
旅館やスーパー銭湯だけでなく、ホテルのリニューアル時に温泉を掘削するケースもあります。
ただし掘削コストは1本あたり数千万円〜1億円規模に達することもあり、再生型ホテル経営では大きな投資判断ポイントになります。
つまりクミが紅蓮亭で「古井戸を再利用して温泉を復活させた」という展開は、現実の東京でも“夢ではない”リアルな発想なのです。




