第3章 「朽ちた宿の亡霊たち」
埃にまみれた《紅蓮亭》の広間。
割れたランプ、錆びついた風呂釜、朽ちた床板
かつての栄光の面影は、どこにもなかった。
そんな中、タクミの前にひとりの老女が姿を現した。
背筋を伸ばし、白い髪をきちんと結い上げている。
その瞳には、長い歳月を越えた“誇り”がまだ宿っていた。
「……あんたが、新しい主人かい?」
「ええ。俺はタクミ。梅ばあさんから、この宿の鍵を受け取りました。」
老女はゆっくりと頷いた。
「梅様の宿を、もう一度灯す者が現れたか……。
あたしはカミーユ。この宿で四十年、給仕をしてきた女だよ。」
その名に、タクミは息を呑んだ。
かつて《紅蓮亭》を一流に育てた名物給仕。
梅ばあさんの右腕と呼ばれた存在だ。
やがて、カミーユの噂を聞きつけ、かつての従業員たちも少しずつ戻ってきた。
鍛冶職人のベルン、掃除係の少年マリオ、厨房の料理人ロッコ。
朽ち果てた宿の中に、少しずつ人の声と笑顔が戻り始める。
そんな折――タクミは梅ばあさんの遺品の中から、一枚の古い許可証を見つけた。
『帝都宿営業許可 第127号 発行者:帝都宿ギルド』
翌日、タクミはカミーユとともに宿ギルドへ向かった。
荘厳な石造りの建物の奥、理事長リュシアン・オルレアンが彼らを待ち構えていた。
「……これは古い書類だ。今の規定では無効だ。」
リュシアンは冷ややかに言い放ち、許可証を机に置いた。
だが、タクミは静かに言い返した。
「つまり、“今の規定に当てはまれば”許可されるということですね?」
「……形式上は、そうだ。」
「なら、こうしましょう。」
タクミは横にいたカミーユを前へ出した。
「彼女は、この《紅蓮亭》で長年働いていた帝都の人間です。
この宿の伝統も文化も、帝都の心も、すべて知っている。」
リュシアンの表情がわずかに動く。
「帝都宿の運営資格は、“帝都の者”に限る。……たしかに、彼女なら規定に該当する。」
タクミは小さく微笑んだ。
「では、正式に申請します。
《紅蓮亭》支配人、カミーユ・ド・フレーヌ。
再登録申請者、タクミ・サトウ(補佐人)。」
リュシアンは深くため息をつき、机の上の印章をゆっくりと押した。
「……前代未聞だな。異世界人と帝都人の共同経営など。」
タクミはその印を見つめながら、静かに言った。
「この宿を誰でも笑って泊まれる場所にするためです。」
その言葉に、カミーユの目が細くなった。
彼女の口元には、梅ばあさんに似た微笑みが浮かんでいた。
こうして、《紅蓮亭》は正式に“帝都の宿”として、再び灯りをともすこととなった。
ワンポイント解説
■ 地元性 × 外来発想 = 再生の鍵」
この展開では、帝都の人=カミーユを支配人に据えることで、
「規制(=帝都限定運営)」という壁を合法的に突破。
タクミはあくまで“補佐人”として登録し、外来の発想を現地文化に融合させるという形を取ります。
これは現実の不動産・観光ビジネスにも通じる考え方です。
地方再生や宿泊業では、
地元人材の信用(行政・地域適合性)
外来人材の発想(マーケティング・新技術)
この両輪がそろってこそ、持続可能な成長が生まれます。




