第5章 「廃ホテル解体戦争 ― カーミラ vs 怨霊旅館」
早朝、濃い霧が街を包んでいた。
バブル期に建てられ、誰も寄りつかなくなった五階建ての廃ホテル。
タクミは図面を片手に、小さくため息をつく。
「……鑑定結果。構造は末期、地盤は沈下寸前。
取り壊さなきゃ、いずれ街を巻き込む“負債爆弾”になる」
ミラが頷く。
「じゃあ、今日で終わらせる。
このホテルには“霊的な残留”が多すぎる。
放置すれば、次の所有者が呑まれる」
ヴァンは肩をすくめながらも背後の影を揺らす。
「出るなら出るで、まとめて寝かしつけますよ。
俺の“影の眠り”で、安らかに……」
そんな三人の前で、カーミラは黙ってホテルを見上げていた。
黒いチャイナスーツに鋼のレッグガード。
表情はいつもの通り、無。
タクミが声をかける。
「カーミラ、準備は?」
カーミラは一言だけ。
「……行く」
その瞬間、風が止んだ。
解体作業開始の号令と同時に、ホテル全体が“ドゴンッ”と震えた。
次の瞬間、
壁の隙間から黒煙が噴き出し、無数の怨霊魔族が溢れ出す。
スーツ姿、肩パッド、ワインを片手に酔っ払い。
明らかにバブル時代の宴会客と経営者たちだ。
「うおおおおぉぉぉ!!」
「今日も満室! 予約は半年待ちだァ!」
「帰らんぞォ! バブルは終わってない!!」
ミラが眉一つ動かさず言った。
「……これは重症ね。“満員の幻想”に取り憑かれてる」
ヴァンが苦笑する。
「こりゃあ、相当こじらせてますね……」
タクミ
(お前が言うな)
バブル怨霊たちは、霊体のままカーミラへ迫る。
タクミが叫ぶ。
「カーミラ、危ない!」
が、カーミラは微動だにしない。
怨霊が一斉に襲いかかったその瞬間――
ガンッ!!!
彼女の鋼鉄脚が、床を砕きながら横一閃。
怨霊たちがまとめて粉塵のように吹き飛ぶ。
その場に響いたのは、淡々とした一言。
「……邪魔」
ヴァンは思わず震える。
「相変わらず……怖ッッ!」
しかし怨霊の数が多すぎた。
ホール、客室、宴会場、屋上
あらゆる場所から霊が溢れ出す。
タクミが焦る。
「この数は物理で全部倒せない! 手分けしないと!」
ミラが冷静に指示を出す。
「ヴァン、全階層に影を広げて。
“眠り”で霊的執着を弱められるのは、あなただけ」
「かしこまった……眠れ、バブル亡者たちよ。」
ヴァンの影が四方へ走り、
ホテル全体を“夜”のように包み込む。
怨霊たちが次々と叫ぶ。
「予約が……消える……」
「数字が……見え……ない……」
「バブル……再来……は……」
影に囚われ、次々と消えていった。
最後に残るのは、ホテルの中心に根付いた“ボス霊”。
バブル期の旅館主――異様なほど巨大な霊体だ。
「貴様ら……我が満室の夢を……壊す気か……!」
タクミが前に出る。
「悪いけど、もう終わりだ。
この土地は再生する。
あなたの夢は、誰もいない廃墟に縛られるものじゃない」
巨大霊体が怒り狂い、カーミラに襲い掛かる。
だが彼女は、静かに構えた。
右足をゆっくり引く。
左足に鋼が鳴る。
低く沈み込み――
バシュッ!!
一撃。
ただの蹴りではない。
解体工事の重機すら凌ぐ破壊力の“鋼鉄脚”。
霊体は悲鳴を上げ、砕け散る。
その場にカーミラの小さな声が落ちた。
「……終わり」
カーミラの鉄鋼拳の解体により
ホテルが沈むように崩れ、
ついに一つの廃墟が更地となった。
ミラが淡々と記録をまとめる。
「霊的残留、ゼロ。浄化完了」
ヴァンが伸びをする。
「いや~疲れた。でもカーミラさんが全部持ってっちゃいましたね」
タクミは瓦礫を見つめながら微笑む。
「これで、街が一歩前に進める。
次の再生候補地は……また問題物件だけどね」
カーミラは無言で歩き出す。
その背中は、誰よりも静かで、
誰よりも頼もしかった。




