第4章 「おもてなしの心」
闇の向こうで、山賊と盗賊の連合がついに動き出した。
川沿いの旅館《椿山荘》。
夜霧を切り裂く鬨の声、燃え上がる松明。
「あの宿を焼け! 金も女も全部奪え!」
「異世界の成り上がり者に、俺たちの縄張りは渡さねえ!」
怒号とともに火矢が飛び交い、旅館の壁に突き刺さる。
結界石がひびを上げ、ルーンガラスが軋んだ。
タクミはフロントの机を蹴飛ばし、指示を飛ばす。
リーネ、防御結界を再展開! グラン、裏口の補強を! ルナは消火を頼む!」
防御魔法の得意な魔法鍛冶が青白い光を放つ。
建築スキルを持つドワーフ《グラン》が、木材を叩き込みながら吠える。
清掃魔法を操るハーフエルフ《ルナ》が、風と水の魔法で煙をかき消す。
「タクミさん、もう持ちません!」
「……クソッ、ここまでか……!」
しかし次の瞬間、グランのハンマーが火矢を叩き落とし、リーネの結界が再生する。
ルナの魔法が炎を消し去り、旅館は奇跡的に守られた。
「撃退成功! 奴ら、退いていくぞ!」
敵は撤退した。だが、タクミの胸には嫌な予感が残っていた。
◇◇◇
翌朝、タクミは従業員たちを集めた。
「俺たちは戦うだけじゃない。宿屋だ。客を迎える“心”を忘れるな。」
そして、壁に張り紙をした。
《おもてなし心得》
一、第一印象は笑顔から
どんなに強面のオークでも、微笑みで迎えろ。笑顔は魔法より強い。
二、言葉づかいはやさしく
「部屋はあっち」ではなく「こちらへどうぞ」。語尾に“どうぞ”をつけるだけで印象が変わる。
三、客の求めを先読みせよ
剣を研いでいたら砥石を出し、鎧を磨いていたら油布を差し出す。それが冒険者流おもてなし。
四、清掃こそ最強の防御
掃除は魔除け。汚れた宿には福も金貨も寄りつかない。
タクミは言った。
「“おもてなし”は盾だ。心を守る防御結界なんだ。」
数日後、旅館は満室。
冒険者たちが川沿いの露天風呂で笑い、酒場には歌声が響く。
だが、その夜、森の奥で再び火が上がった。
「あの連中、戻ってきやがった!」
今度は倍の数、山賊と盗賊の連合軍が総出で襲ってきた。
正面玄関、裏口、屋根、川辺あらゆる方向から侵入してくる。
「囲まれた!?」
「防御結界が破られます!」
タクミは拳を握りしめた。
「ここが踏ん張りどころだ! 全員、持ち場を守れ!」
火の粉が舞い、宿の看板が焦げ落ちる。
ルナが倒れ、リーネの魔力が尽き、グランの腕が裂けた。
「もうだめだ……俺の異世界不動産王の夢も、ここまでか……!」
そのときだった。
轟音とともに川の水が爆ぜ、まばゆい光が夜を裂いた。
「やめろ、卑劣な者ども!」
川岸に黄金の鎧をまとった青年が立っていた。
月光を受けて輝くその姿は、まるで伝説の絵画のようだった。
「旅館を襲うとは、恥を知れ!」
青年は剣を抜き、聖なる光を放つ。
盗賊の軍勢が一瞬で怯え、後退する。
「あなたは……誰だ?」とタクミ。
「俺はアレックス。王都から来た勇者だ。ここに泊まりに来たら、賊たちの戦場になっていたんでな。」
「……泊まり客、なのか?」
「ああ。だが、まずはチェックインよりも賊たちの掃除の時間だろう?」
アレックスの剣が光を放ち、山賊と盗賊の連合を一掃した。
静まり返る夜。焦げた看板の上に、朝日が差し込む。
「……“おもてなし”ってのは、誰かを守りたいって気持ちかもな」
タクミの言葉に、アレックスは頷いた。
「なら、お前の宿は立派な要塞だ。泊まらせてもらうよ。」
こうして、《椿山荘》は守られた。
笑顔と絆が、またひとつ、異世界の川沿い旅館に刻まれたのだった。
ワンポイント解説
■「おもてなしの心」とは?
異世界でも、経営の基本は変わらない。
「おもてなし」とは相手の立場になって考え、先回りして行動すること。
接客の基本的なマナーについては、「お客様に不快な想いをさせないこと」が大切です。
また、接客には「挨拶」「笑顔」「目配り」「気配り」「感謝の気持ち」の5つの原則があります。
タクミが掲げる“冒険者流おもてなし”には、次の3つの要素がある。
① 笑顔は最強の魔法
どんな種族の客でも、笑顔で迎えられれば敵意は和らぐ。
サービス業の第一印象は“表情”で決まる。
② 言葉づかいはやさしく
「こちらへどうぞ」「ごゆっくりお休みください」
たった一言の柔らかさが、客の信頼を生む。
③ 清掃は最大の防御
汚れた宿は魔物も人も寄りつかない。
清潔な空間こそ、繁盛と安全の基礎。
つまり「おもてなしの心」は、
タクミたちが剣や魔法だけでなく、心で戦う“防御魔法でもあるのだ。




