第12章 「魔力炉臨界 ― 旗艦崩壊カウントダウン」
魔力炉空洞はもはや“船内”と呼べる状態ではなかった。
金属は液状化し、壁は波のように蠢き、
天井からは真紅の光と蒸気が降り注いでいる。
床には濁った魔力海が広がり、旗艦そのものが
深海の怪獣に飲まれた廃都市のように変わり果てていた。
その中心にホエールが立っている。
いや、“そびえ立つ”という方が正確だった。
巨体はさらに膨れ上がり、もはや空洞の半分を占めるほど。
タクミが拳を握る。
「……やるしかない。やらなきゃ、海底都市アクア=マリーナが飲まれる」
ヴァンが血を吐きつつ笑う。
「ハッ……何回目だ? 俺たち、死にかけんの」
カーミラは腕が折れたまま、なお前へ出る。
「言ってる場合かよ……まだ沈みたくねえんだよ、私は」
ミラは震える声で答えた。
「タクミ様……あれ、本当に倒せるます……?」
タクミは深呼吸し、叫ぶように告げた。
「魔力炉を。逆制御する。
旗艦の魔力流路を全部反転させて、ホエールに“魔力逆噴射”を叩き込む!」
ミラは目を見開く。
「逆噴射……!? あれ、都市全体と旗艦を繋いだ魔力線も使う気ですか……!?」
「そうだ。アクア=マリーナの全魔力を、この旗艦の“心臓”に叩き返す。
……ホエールの体内に、都市一つ分の魔力を流し込む!」
「一歩間違えば海底都市ごと大爆発してしまいます!!!」
ミラが悲鳴じみた声で叱る。
タクミはそれでも揺らがない。
「それでも……やるんだ。ここで倒さなきゃ、誰も生き残れない!」
ホエールがその言葉に反応し、ニタリと口の端を裂いた。
「愚かだな……人間。
この膨大な魔力炉を、貴様らが制御できると思うか?」
巨大なヒレが振り上がった。
「海底都市ごと潰れて沈め!」
ズガァァァァァン!!!
尾が空洞を薙ぎ払い、金属の海が爆発したように弾け飛ぶ。
タクミたちは散り散りに吹き飛ばされる
だが、まだ終わらない。
タクミは転がりながら制御塔の基部に飛びついた。
割れたモニターと濁った魔力液がショート火花を散らしている。
「ミラ! 都市核との魔力リンクを繋げ!!」
「できるわけ……いや、やります!!」
ミラは制御盤に両手を当て、魔力を流し込む。
青い光が指先から奔流となって走る。
魔力線が次々と明滅し、
遠く離れた都市アクア=マリーナの魔力と同期していく。
「つながった……! タクミ、都市の魔力がこっちに流れ込んでくる!!」
「よし――まずは“逆流”の準備だッ!」
「おいタクミ……お前まさか、アイツを直接“逆噴射口”から焼く気かよ?」
「ホエールの体内に魔力入れるには、鱗の隙間を開ける必要がある。
ヴァン! 一瞬でいい……あいつの腹の鱗、剥がせるか?」
ヴァンは影剣を握りしめ、笑った。
「言われなくても……
こういう無茶は、俺の仕事だろッッ!!」
影が広がり、ヴァンの身体が黒い残光に包まれる。
「影穿――零秒刃!!!」
ズバァァッ!!
ホエールの腹に深い黒い裂け目が走り、
厚い鱗が一瞬だけ剥がれ落ちた。
ホエールの目がギョロリと動く。
「貴様ァァァ!!」
「今だ! カーミラ!!」
「任せろおおおッ!!」
全身傷だらけのカーミラが、
折れかけた脚を引きずりながらも猛突進する。
蟹の鋼鉄脚が展開し、
バキバキと装甲が変形して“押さえ込み用クランプ”を形成する。
「ここが……お前の弱点だろ―クソクジラァァッ!!」
ガキィィィィン!!!
カーミラがホエール腹部の“魔力噴射口”を押さえつけ、
その動きを完全に封じる。
ホエールの巨体がよろめく。
「やめろ……やめろやめろやめろ貴様らァァァ!!
その逆流は――死ぬッ……私が死ぬうううう!!」
黒い巨影が初めて“恐怖”を見せた。
天井が爆裂し、外海の海水が雪崩れ込む。
ドォォォォォォオオオオン!!!
赤熱化した金属が溶け落ち、
空洞全体が沈降を始める。
ミラの声が震える。
「タクミ様!! 限界です!
都市アクア=マリーナの魔力が……! 全部、逆流してる!!
もう止めらません!!」
「止める必要なんてない――!」
タクミが叫ぶ。
「全部ぶつけるんだ!!
ホエールの内部へッッ!!!」
ホエールの悲鳴とも咆哮ともつかない声が空洞に響きわたる。
「やめろおおおおお!!!
私こそが深海王!!!
下等な雑魚種族が、逆らうなァァァァ!!!」
タクミは最後のスイッチへ手を伸ばす。
魔力の奔流で指が焼ける。
「ミラッ!!」
「……かしこまりしたッ!!!」
ミラが制御盤に全魔力を叩きつけ
タクミが叫んだ。
「今だッッ――ミラ! 放てぇぇぇッ!!!」
ガァァァァァァンッッ!!!
魔力炉が完全反転を開始し、
アクア=マリーナの都市魔力すべてが
ホエールの体内へ逆噴射される。
次の瞬間、空洞の全てが白い光に包まれた。




