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04「side~彩羽×雪」

 翌朝、白いベッドの上で目が覚めた。

 窓から差し込む日差しは予想以上に明るい…まだ眠い目には酷く染みる。


 朝…か。


 このセカイは暑い。

 暑いのは嫌いじゃないが、この暑さは異常だ。

 昨日、不思議な縁で出会った男━西條 彩羽(さいじょう あやは)━と今同じ部屋で過ごしている事に違和感を覚えながら、雪は体を起こす。

 こんな風に誰かと共に一つの空間を共有するのはどれくらいぶりだろうか。不意にそんな考えが頭を廻り、自嘲気味に笑みを浮かべた。


 とにもかくにも、今はこの事態を打開しなくてはならない…。

 滞った時空の流れを元に戻し、自分自身があの世界に戻るために…そして、この男の最愛の人━金糸雀━を助けるために。

 それにしても、彼が意外にまともな常識の持ち主だった事に驚く…。

 『身分証も持たない人間の為に役所は部屋を貸せない』…それはこのセカイのことを知らない自分にも理解できる。その事に関してまず彼は謝罪を述べた。


 それどころか「異性」として、未婚の女性(・・・・・)として(自分)を扱う。慣れない扱い…これならば出会った時のような「雑」な扱いの方がまだマシに思える。


(女扱いは嫌いだ…)


 ベッドの上で膝を抱え頬杖をつく。

 部屋の遥か向こうには今もなお寝息を立てる彩羽(・・)の姿がある。余程疲れていたのだろう。

 「女扱い」の延長か、それとも彼なりの気遣いなのかベットは部屋の隅と隅に置かれていた。顔に似合わず几帳面な男だ。

 溜息をついて髪を書き上げる…常に付けていた無機質な腕時計のない手首は、軽い様に思えた。


(時計が無いのは痛いよな…マジで)


 「管理官七つ道具」の腕時計。

 もしあれがJの元にあるのなら、それはそれでいい。

 あれが彼を導いてくれるだろう…。


 そんなことを考えていた時、不意に彩羽(かれ)の目覚める気配がした。


                          *

 

 身体を起こし、不意にこちらに眼をやる。

 彼は少し驚いたような表情を浮かべてから、静かに尋ねてきた。


「…眠れなかったのか?」


 その言葉に込められた感情は分からないが、こんな知らないセカイに来て何も考えずに眠れる奴なんているのだろうか…と思わず心の中で悪態をついてしまう。


「そっちはよく眠れたみたいだな…」


 苦い表情で皮肉交じりに言ったつもりだが、彼はそれを気にする風でも無く一つ大きく伸びをすると、

「今日もかなり動く事になりそうだからな。充電しておかないと」

なんて冗談めいた事を言って見せた。その言葉に少しだけ頬を緩める。


「今日はどこへ?」

 

 頬杖をついたまま彼に問う。彼は考えるでもなく即座に答えを返してきた。


「とりあえず、禁書庫で資料を洗ってみようと思う。情報があまりにも少ないからな」


 彼の答えに頷きだけ返すと、不意に気にかかる。身分証(・・・)を持たない自分は禁書庫に入れるのだろうか…。


「で?…俺は禁書庫(ソコ)に入れるのか?」

 

 思うままを尋ねる。このセカイの仕組みや常識を理解していない自分が考えても分かる事は少ないのだから、当たり前といえば当たり前なんだが。


「そうなんだよ…」


 彼は短く呟くと、急に頭を抱え始める。


「俺一人で洗うのも骨が折れるし、雪を残して行くわけにもいかないしな…」


 何かを決めかねているかのように頭を抱え呟く彼に、今度は俺が常識で思いつく範囲の案を述べてみる。


「身分証の偽造は可能か?」 


 その言葉に彼の肩がピクッと微かに動くと、ゆっくりと顔をこちらに向け眉を顰める。何とも怪訝そうな表情だ。


「申請すれば、偽造なんかしなくても造れるさ」


 彼はそう簡単に言ってのけるが、すぐにその声音をより真剣なものへと移す。


「ただ、俺が雪の全てに責任を負わなければならなくなる」


 強調するように続けられた言葉に雪はちょっとだけ驚くが、ソレはすぐに笑いへと変わった。


「それは厄介だな」


 とても厄介だと思った。逢って間もない見ず知らずの人間を信用しろと言う方が無理に思える。何よりそんな奴の為に自分が責任を取ろうなんて余程のお人好しか、あるいはただの馬鹿かと疑いたくもなる。これは受け入れがたい案だ。雪の管理官としての経験が彩羽の硬い表情を理解させる。


「ただでさえ連れてきた婚約者が行方知らずなのに、得体の知れない子供(ガキ)が増えたんじゃな…」


 無理だと分かっているから、雪は冗談交じりに自嘲して見せた。

 そんな自分を見て、目の前の彼は困ったような表情を浮かべ「そういう顔するなよ…」と呟いた。その言葉が何故かとても寂しく感じられて雪は俄かに視線を逸らす。その時、頭の上で一つ息を吐き出した音が聞こえ何かを考えていた彩羽が意を決したように話し出した。


「わかった、もう一つの方法を取ろう」


 不意に放たれた言葉に思わず茫然となる。


「もう一つ?…なんだ?」


 彩羽の言葉に先ほどと反対に怪訝な表情を浮かべた雪に、彩羽は「…怒るなよ?」とその顔色を窺ってくる。

 

 ―なんだって言うんだ。


 微かに湧き上がる嫌な予感を押し留め、雪は少し身体を引いて尋ねた。


「…徐になんだよ…?」


 嫌な予感は消えない。それどころか急に慌てだした彩羽を見て、その胸騒ぎは確かなものへと変わっていく。


「変な意味じゃないからな!絶対勘違いするなよ!」


 ここまできてそれは無いだろう…。

 彩羽の慌てぶりに内心呆れて溜息が零れる。


 ―早く言ってくれ。


 焦らされるのは好きじゃない。だから余計不機嫌になる。


「…だ~か~ら~、何だよ?」


 不機嫌を顔に出さないように、極力努力してみせる。そして。彼は聞こえるか否かの声でこう言った。


「俺の“モノ”になれば、一応連れて行く事は出来る」

「……」

「……?」

「……」


 咄嗟の出来事に言葉を失う。

 驚きと、衝撃と…とにかく色々なモノが混ざって間抜けにも口を開けて固まってしまった。

 その様子を見て、彩羽が耳まで真っ赤に染めて弁解する。


「だから変な意味じゃないって言っただろ!“所有物”って事だ!このセカイでは身分証のないヤツは“物”扱い!他人に使役される存在なんだ!」

「……っ!」


 “所有物”…モノ扱い…その言葉で眼が覚めた。

 もやもやとしていた感情が途端に浮きあがって来る。黒く暗い何かが…。


「物…ね」


 その小さな呟きはそっと溜息に溶ける。

 その変化を彩羽に気取られないように、すぐにいつもの愛想笑いを作って見せるが、上手く笑えたか自信が無い…。


「…わかった」


 返事も生返事になると、彩羽がそっと目を伏せたのが分かった。


「そういう顔をするから…言いたくなかったんだ」


 不意にそう呟いてから、真剣な眼差しを向けてくる。


「体裁を繕うだけだ。別に雪を“物”扱いする気はない」


 気遣ってくれているのだろうか。

 その言葉は真剣で、優しい色に満ちていた。

 分かっている。彼が自分を“物”のように扱うことは無い…使役するような事も。それでも“物”という言葉に眩暈が起こりそうになる。思い出したくもない暗い過去が目の前に迫り、気を抜けば飲まれてしまいそうだった。それでも。


「…分かってる。大丈夫だ。早く事態を打開したいしな…」


 未だに真剣な眼差しを向けてくれる彩羽に対し、そっと目を伏せ呟く。自分は大丈夫だと言い聞かせ、何とか暗い気持ちを取り払おうと笑って見せたつもりだった。少なくとも笑えていると思っていた。

 不意に彩羽の気配が近づき、その手が頭に乗せられる。予想以上に大きな…少し骨ばった男の手は、雪の頭を優しくポンポンっと撫で


「ガキの内から、強がりを覚えるもんじゃないぞ」


と、優しい言葉を落として行った。


「……」


 何も言えずに黙り込むと、微かに笑ったような気配がして彼はそっと離れる。


「先に手続きしてくるから、身支度が終わったら禁書庫まで来なさい」


 それだけ言うと自分の着替えを手に取り、振り返る事も無く部屋を出て行った。

 

 辺りに静寂が訪れる。

 まるで小さな子供のように扱われた事に腹が立たないわけではない。どちらかといえば年は近い方だし、精神年齢だって殆ど変わらないと思う。少なくとも出会ってすぐの彼を見れば、自分の方が上だと言っても過言じゃないとさえ思う。

 思うのに…小さな(しがらみ)に囚われたままの自分は、やはり彼よりも子供に思えた。


 ―ダメだな…これじゃあ…。


 何の役にも立たない自分。まだ何も成し遂げられない自分がその場で足踏みを続けている。上だけを見て進んできたつもりが、実は一歩も進めていなかったのかも知れない…そう思った。


 ―早いとこ、記憶管理局(あそこ)に戻らないとな。


 そう心に決めてから辺りを見回す。

 そういえば、自分は着替えるモノが無い。昨日は彩羽が適当にシャツを貸してくれたおかげで眠るという行為には困らなかったが、今日はそうもいかない。

 自分が着ていた服はあるが、このセカイでは暑すぎる…ベスト(あんなもの)を着て動いたらすぐに熱中症だ。


「俺、着替えどうしよう…」


 腕組をして一人考える。

 答えは出ないが何もしないよりかはマシに思えた。その時。


「雪?」


 ノックの音と共に彩羽の声が聞こえた。勿論、ドア越しにだが。


「金糸雀のヤツだけど、着替え持ってきた。嫌なら適当に調達してくるけど…」


 どこまで気がきくんだろうか、この男は。俺の周りにはいないタイプだ。

 ちょっと…いや、かなり驚いてから少し考える。


 ―どうせ「物」扱いされるなら…か。


 暗い過去に囚われるのを止めて、いっそこの状況を楽しめばいい。どうせ塁や雀のように煩く言う連中もいないし、Jのように…心配しなければいけない奴もいない。それに、どうせなら彩羽に恥を欠かせないような「所有物」の方がいいだろ…。


 ―まぁ、最後のはただの悪戯なんだけどね。


 ドアの向こうでは彩羽が不思議に思って「雪?」ともう一度声をかけてくる。これ以上待たせるのは悪い。結論は一つだ。


「いや…有り難く使わせて貰うよ」


 その言葉に彩羽が短く息を漏らすのが分かる。

 少し開けたドアの隙間から彼はそっと服を差し入れてくれた。


 ―別に開けていいのに…ドア。


「一応、あんまり女っぽくないの選んだから…」


 その一言に思わず苦笑いを浮かべてしまう。こんな風に女の子扱いされるのは嫌だと…彼はそう知っているはずなのに。

 

 ―全く、そんなことまで気を回さなくて良いのに。


 ドアを閉める瞬間に彩羽に向かってそっと笑いを見せる。不敵な笑みを。


「まぁ…精々期待してくれ」

「…?」

「…また、後で…な」


 俺の言葉に訳が分からない表情を浮かべる彩羽を置いて、そっとそのドアを閉めた。

                 *


 それからどれ位経過しただろう。

 彼は地下にある「禁書庫」内で文字通り資料を漁っていた。


「…これもハズレか…」


 時折小さく呟いては手当たり次第に資料を読み漁る。埃の匂いも気にせずに彼は熱心に一つ一つに目を走らせた。不意に禁書庫内に靴音が響く。だんだん近づくその音にも彩羽は振り返らずに目の前の資料に集中した。


「……」


 その彩羽の後姿に彼女(・・)は伏し目がちに目を細め微笑む。自分のすぐ近くで止まった靴音にさすがの彩羽も気がついたようだ。


「おはようございます」


 所員だとでも思ったのか、彼は愛想笑いを浮かべると義務的な挨拶だけを述べてまたすぐに本へと視線を戻す。その鈍感さに半ば呆れかけた時、彼は眼を見開いて振り返った。


「…え…?」


 そのリアクションに満足すると、彼女はもう一度微笑む。


「…お待たせしました。西條彩羽…さん」


 優雅に微笑んで見せると、彼は持っていた本をバサッと手から取り落とした。

「せ、雪…っ!?」


挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)



 なんて素直な反応だろう。思わず頬が緩むのを止められない。


「ご期待には添えたか?」


 クスクスと小さな笑いを漏らしながら、雪が尋ねる。その表情には悪戯を仕掛けた子供の様な無邪気さがあった。

 彩羽の表情も自然と優しものへと変わる。最初は驚きに見開かれていたその瞳が次第に細められていく…。


「へぇ…見違えたな。綺麗だよ」

 

 予想外の言葉に、眼を見開く。


 ―こいつは…。


 恥ずかしげもなくこんな言葉をさらっと言える辺り、本当に食えない男だ。思わず表情が苦くなる。


「…ありがとう」


驚かせるつもりが、こちらが動揺してしまうなんて…なんだか悔しい気もするが、今はそんな事をいっている時ではない。そう思って浮かんだ皮肉を飲み込んだ。それなのに…。


「あんまり飾ってると、変な男がよって来るぞ。治安が良いわけじゃないからな」


 意地悪な笑みを浮かべて彩羽が呟く。その一言で、作った仮面が剥がれる…優秀な「物」である為に作った「仮面」が。


「はっ…大丈夫だろ」


 いつもの調子で鼻にかけた笑いを浮かべる。その声音に気がついて彩羽もニヤリと笑った。


「暴れて騒ぎを起こすなよっていう心配だよ」


 自分の格好を見て肩を竦めると、長く垂れた服の裾をつまんで残念そうに呟く…。


「これじゃあ暴れたくても、暴れられないなぁ…」

「暴れられたら困るんだっての」


 彩羽が苦笑いで答える。


「ちゃんと俺の眼の届く範囲にいてくれよ」


 付け足された言葉には軽い調子が含まれているように感じられる。その言葉に少しだけ眉を顰めて「了解」と頷いて見せると、彩羽からも「よろしく」と短く返事が返された。不思議な感覚だった。


「このセカイの文字は読めるのか?」

 

 徐に一冊の本を手に取ると、彩羽がそれを開いて見せる。その隣に腰掛けて、雪も差し出された本の文字を眼を細めて見つめた。


「んっ…ちょっと待て」


 昨日見た文字よりも癖のある文章。それでもこれなら理解できそうだ…。


「…大丈夫。余程難しいものでなければ解りそうだ」


 その言葉を聞いて彩羽は頷く。そしてスッと手を上げた。


「よし、じゃあ雪はあっちのを調べてくれ。機械関係のを選り分けておいたから」


 徐に指さす先には山のように積みあがった本の束が見える。その束を見ただけで一瞬意識が遠くなる…。


「…了~解。健闘を祈る…」


 最後の方は消え入るようになりながらも雪は右手を振って歩き出した。その背中に「お互い、な」と苦笑いを含んだ言葉がかかる。本当に気が遠くなるほどの道程にうんざりさせられそうだった。



 奥の段差に腰掛けて一冊の本を手に取る。

 パラパラ捲ると微かに埃と古びた本のインクの匂いが鼻をついた。誘われるままに文字に眼を走らせ雪はそっと目を閉じる。


 次第に意識は暗い闇の底へと落ちて行った…。


 


地下・禁書庫の資料を漁る彩羽と雪。

はたして手掛かりは見つかるのか!?


女装・雪の今後にも要注意(笑)

まだまだ続きます^^



*話にも出てくる問題の雪女装シーンを僭越ながら漫画に起こしました!

 おまけ的な出来なのですが挿絵としてお楽しみ下さい♪

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