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03「side~金糸雀×J~」


 気がついた時には、すでに彼の姿はなかった。

 何度か見覚えのある、けれども決して「馴染みがある」とはいえない景色がぼやけた視界に飛び込んでくる。鮮やかな緑と、高い高い空の青がそこにはあった。


「雪…さん?」


 飛ばされた時の衝撃からか、痛む頭を押さえて身体を起こす。そこに見慣れてきた彼の小さなシルエットは見当たらない。何処に行ってしまったのだろうか…。


(まずい…また一人だよ。俺ここ苦手なんだよな…)


 キョロキョロと周囲を見まわし、ここが雀の言っていた目標地点と相違ない事を知る。

 視界の先には確かに「湖」が見えるし、中央管理局の建物も遥か遠くにだが見える位置にあった。


(良かった…。とりあえず中央まで行けば何とかなるはず…)


 不安な心を抑えて立ち上がると、ふらふらと歩き出す。目的地は「中央管理局」。あそこまで行けば何か手掛かりがあるかも知れない。例えなくても、雀や塁が迎えに来てくれる可能性を信じたい。そう思った。


(雀さんは無理でも、塁さんなら来てくれそうだよな~…なんてったって「優しい」し)


 そんな事を考えながら歩いていくと、見覚えのある物を生い茂る草の中に見つける。雪がしていた腕時計だった。


(なんでこんなとこに…?)


 そっと拾い上げる。

 確かに彼がしていた物に間違いない。文字盤の裏にはローマ字で「SETSU」という刻印があった。

 時計はバンド部分が外れることなく輪になった状態で落ちていた…と、言う事は…最悪の想像に背筋が冷たくなるのを感じる。

 この時計の持ち主である「雪」は、いや…「雪」だけが消えたのだ。もし仮にあの時飛んだのが自分だけだったのなら、まだ良い。彼は管理局に居て、雀達と対応を考えてくれている事だろう…。

 でも、あの時。

 ━まずい…時空が歪ん…で…━

 その言葉を残し先に光の中に消えたのは、紛れもない「雪」本人だった。

 彼は何処に行ったのだろう…。もしかしたらココでは無い時空に飛ばされたのではないか…。

 怖い想像だけが、頭の中を廻った。


「雪さんっ…せーつ!!」


 大きな声で名前を呼んでも、そこに応えはない。あるのは静寂と木々が揺れる音だけだった。


(どうしよう……俺)


 俯いて、彼の残した時計を握り締める。その時だった。時計から聞き覚えのある「声」が聞こえた。


『…いっ、おいっ、聞こえ…るか?…つ!?…雪!』

「あっ……」

 ノイズの様な音と共に、雀さんの声がする。いつもなら不快な彼の声に、凄くホッとした。

『おいっ!…返事…しろ…』

 途切れる電波を手繰り寄せるように、時計に向かって叫ぶ。

「雀さん!!俺です…Jです!!!」

 声は届くのだろうか。不安に駆られながらも祈る気持ちで時計を握る。そして…。

『J…?………Jか!?』

 どうやら声は届いたらしい。フッと肩の力が抜け、Jはその場に座り込んでしまった。

『雪は…J、雪はそこにいないの!?』

 焦りに満ちた声が聞こえる。今度は塁さんだ。

「はい…はぐれてしまったようで……。気づいた時には俺一人でした」

『………』

 塁さんが息を飲んだのが分かった。最悪の状況だということも…。

 とりあえず短く状況を説明し、この後の指示を仰ぐ。今出来る事はそれだけだった。

『分かった。J、君だけでも戻って来て欲しい。雪の事はこちらで考えるよ』

 塁の言葉に胸をなでおろす。本当なら助けに行きたいが、それはできない。制限のある「見習い」である事が悔しかった。


 一通り指示を聞かされ、Jは立ち上がる。まずは「中央管理局」に迎えとのことだった。

 一人トボトボと歩きだす……湖には未だ青い空が映っている。どうして自分は一人なのか…哀しい気持ちで歩いていくと、横たわる人影に気づいた…。


 可愛らしくすやすや眠る、天使のような女性だった…。 


                       *

「……きぁっ!」

 目の前がクラクラして、私はお尻から地面に倒れた。

 勢いよく転んだのに、思ったより痛くなかった。咄嗟に付いた手にはふさふさとした感触。そっと目を開けると、一面に緑色が広がっていた。


 ――んーと……、ここどこかな……。


 今まで「きんしょこ」にいたのに、ここには本も壁もない。なんか、大きい箱を触ったらピカッて光って、気付いたら、右を見ても左を見ても樹と草と花。どうしてかな?

 あやはも、いない。


「あやはぁーっ!」


 精一杯の叫んだけど、彼の声は返ってこなかった。

 どこ行っちゃったんだろ? それとも、私がどっか行っちゃったのかな? ん? 行っちゃったっていうか、来ちゃった? まぁ、どっちでもいいか。

 

 ――金糸雀(かなりあ)、勝手にどこか行ったらダメだからな!


 あやはの声が、頭の中によみがえる。

 そうだ、勝手にうろうろしたら怒られちゃうんだ。奥様は、ちゃんと旦那様の言いつけを守らなくちゃ。早くあやはの所に帰らないと!


 どっちに行ったらいいのかも分からない。でも、どっちかに行ったら着くよね。

 私は、綺麗な花が咲いている方へ歩き出した。


 足元で、踏まれた草がサクサク鳴る。面白い、草って踏むと鳴くのね。土と木と石の上しか歩いたことなかったから、初めての体験。

 私は夢中で歩いていった。


 樹は緑色、草も緑色、あの花は黄色、あっちのは赤色。

 あやはに教えてあげなくちゃ。色の見えない、私の旦那様。大事な大事な旦那様。



 どこにいるんだろ。私も、あやはも。

 結構歩いたのに、誰にも会わない。何で、私しかいないの?


 知らない場所に、たった一人で置いていかれて……。



「――嫌……」


 あの時と、一緒。


「――嫌ぁっ!」


 お母さんと、お父さんに、捨てられた時と、一緒。



 怖くて、悲しくて、狂ったように走り出す。


 一人は嫌、独りは嫌、誰か、誰か……あやは!



「……きゃっ!」

 石に躓いて、転んでしまう。

 光のせいじゃなくて、目の前がクラクラした。そう言えば、走ったことなんて今までなかったかも。こんなに疲れるんだ、走るのって。

 今日は、南方セカイの役所まで一日かけて行ったんだっけ。ずっと外にいて、疲れちゃった。


 草の匂いが心地よくて、吹く風に攫われるように、私は眠りに落ちていった。



                               *

 

 …え~っと…どうしてこんな処に女の人が??


 真っ白になる頭を何とか再起動させる。一瞬「雪さん!?」とか叫びたくなったのは、ちょっと自分の願望が入り混じったのかもしれない。


 雪さんがこんな格好する訳ないし……いや、したら怖いし。


 自分に突っ込みを入れながらも、Jは女性に近づき膝をつく。本当に可愛らしい顔をしている。肌は透き通るように白く、まるで陶器のようでいて肌理も細かい。その上まつ毛は長く、瞬きしたら音が聞こえるんじゃないかとさえ思えた。綺麗な黒髪が緑の草の上に散らばり、風になびく。


 絵になるな~…。


 茫然と見つめていた自分に気がついて頭を振る。こんなことをしている場合ではないのだ。急いで「中央管理局」に行かなければいけない。でも、この女性(ひと)をこのままにしておくことも出来ない…。Jは恐る恐る声をかける事にした。


「あの~?…大丈夫ですか?」


 声が聞こえたのか、女性が身じろぎするとまるで小さな子供のように目をこすり声を上げる。


「む~…」


 ぐずるような唸り声…姿とは裏腹の何とも幼稚な仕種に、Jはドキドキさせられる。もし相手が雪だったのなら、間違いなく「うるせぇ、俺は眠いんだ」と拳をお見舞していた事だろう…。考えたくもないが…。こんな時どうしたらいいのかが分からない…おもわず困惑顔になってしまう。

 その時だった。女性は目をパチッと開けると、Jの顔を食い入るように凝視する。一体、何だというのだろうか。


「…あやはじゃない」


 その一言に軽いショックを受ける。第一声がそれかい…と心で突っ込みを入れると、自然に顔が苦笑いを浮かべた。どうしたものだろう。


「え~っと、君は誰…かな?」


 とりあえず名前を尋ねてみる。

 言葉は聞こえているようだし理解は出来るだろうと思って、そう尋ねたのだが彼女は予想に反して困った顔を浮かべて行く。つられて自分(こっち)まで困り顔になりそうだ。


「…あやはが、知らない人と喋っちゃダメって言った。だから、ダメ」


 それだけ言うと、彼女はむくっと起き上がりその場を立ち去ろうとする。あまりの出来事に一瞬脳が停止した気がした。


…今、喋ったよね??


 出そうになった突っ込みを無理矢理飲み込むと、立ち去ろうとする彼女の手を取った。

「待って…無闇に動かない方が良いよ」

 咄嗟に言葉が出る。

「その…危ないんだ」

 振り向いた彼女の視線に思わず目を逸らして俯いてしまう。その時だった。

「私はあやはのお嫁さんなのっ!!」

 掴んだ手を勢いよく振り払われる。その顔には怒りの色が浮かんでいる。


「もう『花売り』じゃなんだから、他の男が触るなっ!!」


 その剣幕にビックリした。先程までの可愛らしさが一変して凛とした女性の風格(それ)と変わる。

「ごめん…」

 謝罪の言葉が口をついて出た。悪気はなかった。その思いから次第に声が小さくなる。

「とりあえず、ココは危険。それは分かって貰えるかな?」

 念を押すように、優しく話す。彼女は周りをキョロキョロ見回してから不思議そうな表情をする。

「こんなに綺麗なのに?」

 彼女の言葉に「確かに、その通りだ」なんて心の中で相槌を打つが、それは顔には出さずに曖昧な笑顔を作った。

「見えるモノが全てとは限らないから…」

 俺が記憶の海(ここ)にきて、最初に悟った事。見かけ通りとは限らない…。

 彼女は困ったように眉を八の字に歪ませて

「…難しいこと言われても、わかんない」

 そう呟いた。俺には説明なんて出来ないから、こっちも困惑顔になる。

「そうだね…とりあえず、嫌な思いをしたい?」

 意地悪かも知れないけど、一番率直で分かりやすい言葉だと思う。誰だって嫌な思いはしたくないに決まってる。

「嫌」

 彼女は、即答で問いに応えた。予想通り。自然と笑顔になる。


「良かった。じゃあ、一緒に行く?多分ここにいると嫌な思いすると思うけど…?」

 彼女は訝しげな表情をして、口を開く。

「あなたと一緒にいたら大丈夫なの?」

 その言葉には疑いが込められている気がするが、そこは気にしない。俺は出来る限りの笑顔を見せた。

「あなたは、だあれ?」

 彼女が尋ねる。先程から疑問符だらけだ。

「僕はJ」

 名を名乗ってから、スッと彼女に手を差し出す…「一緒においで」という意思表示のつもりだった。

 でも、それだけじゃ頼りなくてついつい言葉の力に頼ってしまう。

「今だけでもいいから、僕を信じて?」

 俺も疑問符だらけ。仕方がない。だって二人とも何が分からないんだかも、分からない「時の迷子

」だから。それでも進まなきゃいけない。立ち止まれない。


「君の名前は?」

 聞いた俺の目を、彼女はまっすぐにじっと見つめてくる。目は逸らさない。

「…うん、悪い人じゃない」

 そう呟くが早いか、彼女は差し出していた手を取った。そして笑う。可愛くて、けれども気高い微笑み。

「ありがとう、私は西條 金糸雀(さいじょう かなりあ)

 その微笑みに、俺の顔も自然と綻ぶ。先程までとは違う意識した笑顔じゃない自然な表情で。

「かなりあ…?金糸雀?綺麗な名前だね」

 その言葉に嘘や偽りはない。正直にそう思った。姿とよく似た綺麗な名前。「あっ」と声を漏らして不意に気がつく…彼女は「人妻」だ。呼び捨てはまずいのではないだろうか…。

「西條さんの方がいい!?」

 確認するように尋ねる。

「金糸雀で良い、皆そう呼ぶから」

 彼女は至極当たり前のように端的に応えた。けれども今度は口をもごもごと動かして言いづらそうにこう呟く。

「えっと…じ、じぇい?じぇい…」

 何ともたどたどしい言葉の様で、吹き出しそうになるのをグッと堪える。英語の発音に馴染みが無いらしい…。

「好きに呼んでいいよ?…Jは呼び名(コードネーム)だし」

 本当の名は「J」じゃない。

 管理官補佐として記憶管理局(ここ)に居る間は「J」だけど、それにこだわる気もなかった。

「とりあえず、中央に行こう。そこまで行けば一安心だから」

 呼び名の事は置いといて、とにかく塁さん達に言われた通り「中央管理局」に向かわなければならない。出来るだけ早く。

 彼女はそんな言葉はお構いなしに、まだ迷っている…。


「じい…は失礼よね。うーん、じ、し…」

 ごにょごにょと独り言を呟いてから、何か閃いたらしい…表情が明るくなる。

「『しおり』は?「道標」という意味なのだけど」

 予想に反してまともな答えが返ってきた事に驚く。そんなに深く考えてくれるとは…正直意外だった。

「ありがとう…」

 お礼の言葉が素直に口をついて出た。俺の言葉に彼女はきょとんとした顔をして首を僅かに傾げる。

「どうして『ありがとう』?」

 本当に意味が分からないっといった様子で、俺は吹き出しそうになるのを抑え曖昧に笑った。彼女はいちいち反応が面白過ぎる。雪ならこうはいかないだろう…。

「君が真剣に考えてくれたから…」

 きょとんとした顔の目を一瞬大きく見開いてから、彼女はどこか照れくさそうに微笑んで見せる。

「…そう。よろしくね、『しおり』」

「こちらこそ…金糸雀」

 何故だか、彼女とは上手くやっていけそうな気がする。

 少なくとも、このセカイを出るまでの間は…だけど。

「じゃあ、中央に行こう?」

 もう一度、彼女に向かって手を差し出す。

「中央…あやはの目指してる場所と一緒。会えるかしら?」

 彼女は何かごにょごにょと口元だけで呟くと、何かを納得したように「うん!」と笑って頷いた。


 これが、僕ら二人の旅の始まりだった……。

 

 

 


 





「ノスタルジア管理局」~記憶の海~に突如現れた金糸雀。一人取り残され迷うJ。

果たして二人は無事に中央まで辿り着けるのか!?

そして金糸雀は元の「セカイ」へと戻れるのか…?


乞うご期待です^^

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