01「プロローグ~side shirokuro」
東方から橋を渡り、辿り着いた南方セカイ。
立ち寄ったことはあるものの、馴染みがあるとは決して言えなかった。この風景にも、そして、暑さにも、だ。
門を潜り一歩踏み出すと、まさに別世界。東方では有り得ないほどの熱気が歓迎してくれる。できることなら、こんな歓迎は遠慮したい。
照りつける太陽が容赦なく肌を焼き、湿気がしつこくまとわりついてくる。噴き出る汗が鬱陶しい。
今や拷問の道具にも等しいジャケットを脱ぐと、少しは苦しさが薄らいだ。あくまで、ほんの少しだが。シャツの袖を肘上まで捲り上げ、ようやく人心地がついた。
ふと、何かに違和感を覚える。何か足りない。ジャケットを脱いだせい?
いや、違う。
「……金糸雀?」
いつも隣で騒いでいる、彼女がいないのだ。
――まさか、この短時間ではぐれたのか?
門までは確かに隣にいたはずだ。すばやく左右に視線を走らせるが、目に入るのは痛い位の太陽光と、黒く日焼けした人々だけだった。
「金糸雀!」
注目を浴びない程度の声量で呼ぶ。なるべく目立つことは避けたいのに、アイツときたら……。
「あぁ〜やぁ〜はぁ〜……」
注意していないと自分の名前だともわからないような、間の抜けた返事が返ってくる。
声の方角を辿ると、彼女はまだ門の所にいた。柱に寄りかかったまま、ぐったりと座りこんでいる。
「どうした? 気分悪いのか?」
「……あつい……」
どうやら、暑さに驚いて門まで逃げ帰ったらしかった。ここはちょうど日陰になっていて、まだ幾分か涼しい。
なるほど、人生の大半を室内で生活してきた金糸雀にとっては、南方の太陽光も気温も地獄だろう。身体が付いていかないのも無理はない。少し配慮に欠けていたようだ。
「悪かったな、驚いたろ。大丈夫か?」
「あつくてとけるぅ〜」
もうダメ、と言わんばかりに、彼女は膝を抱えてそこに顔を埋めた。その姿には、頑として動かないという決意が満ちていた。正直面倒だと思ったが、自分で連れ出してきた手前、文句も言えない。
やれやれ、前途多難。
金糸雀はその後も動かず、結局馬車を手配する羽目になった。
役所に着く頃には日も暮れて、だいぶ肌寒くなってきた。南方では昼と夜の寒暖差がかなり激しく、不慣れな人間にとっては体調を崩しやすい。今夜は早めに休ませてやるとしよう。
しかし、役人宿舎へ向かおうと身を翻した俺の視界に、「書庫」と書かれたプレートが飛び込んできた。
そういえば、南方には禁書庫があるはずだ。禁書とは、役所間でも貸し借り不可能な、云わば秘蔵書である。わざわざ現地まで出向かなければ、お目に掛かれない。
知識は付けておくに越したことはないのだと、本の虫が騒ぎだす。
金糸雀は宿舎に置いていこうかと思ったが、
「お嫁さんなんだから、一緒に行く!」
と大声で喚かれて断念した。何だ、その理屈。
地下に設けられた禁書庫は、冷たい空気と埃臭さで満たされていた。
「ここにある物は大事なものばかりだから、勝手に触るんじゃないぞ」
肩越しに言いつけて、端の本から順に手を付けていく。
もっと早く気付くべきだった。あんな忠告、金糸雀にとっては全くもって無意味なのだと。
小さな叫び声を追って飛び込んだ部屋には、地下だというのに昼のような光が溢れている。光の中心に、泣きそうな彼女がいた。
そして、光源と思われる馬鹿でかい鉄の箱。
初めて目にする物だが、「知識」をひっくり返したら答えが出てきた。
「機械……? どうして旧世界の遺産が……」
正体がわかっても、対処方法までは「知識」にない。
クソ、役立たず!
「あやはっ!」
金糸雀が必死に伸ばした手を、条件反射で掴んだ。
……つもりだった。
光が消えた後、俺の手が掴んでいたのは地下の冷たい空気だけで、金糸雀の姿も温もりも、何一つ残されていなかった。
光と共に消えた金糸雀。彼女はどこへ飛ばされたのか!?
そして、禁書庫に放置されていた「機械」の正体とは!?
次回、いよいよ二つのセカイが交錯する!
乞うご期待っ(>_<)