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狼男

 アナがヒルに攻撃しようとしたその時、トンネル内に真っ白な閃光が走った。


 あまりの眩しさにアナも未千流みちるも目がくらんで動けなくなる。と同時にガガッ、ドドッという複数の重い靴音が2人の横を駆け抜けて行った。


「足は止めたな、次はとにかく下がらせろ、フラッシュ行くぞ…」

「3、2、1…」


 大勢の男の叫び声と共に、再度トンネル内に白い閃光が走る。


 眩しさに目をしばたかせながら未千流が声の方に顔を向けると、作業着を着た男たちが次々とパイプを乗り越えていく姿が目に入った。手にした盾のような物でヒルを追いやっている。盾は青白く光っていてヒルはその光から逃げているようだった。


 ヒルはあの光に弱いのだろうか…。未千流がそんなことを考えていると、アナが未千流の腕を掴んで引っ張った。

「逃げるわよ」


「えっ、でも…」

 あの人たちが助けてくれたんじゃ…、そう言い掛けた未千流だったが、アナは構わず未千流の腕を掴んで走る。走るとは言っても既に引きこもりのプログラマーの体力は既に尽きていた。


「待って、もう無理」

 地面に倒れ込んだ未千流の目の前に男が立ちはだかる。


「そのから離れなさい!」

 アナは素早くパイプの間を潜り抜けると男と未千流の間に割って入った。未千流の前にピンクの髪の幕が広がる。


「サキュバスがこんなところで何をしている」

 男がアナを睨みつけた。


「あんたたち狼男には関係のない事よ」

 アナは肩で息をしながら、憎々しげな声を絞り出す。


 狼男!? この人たちが? 


「ふん、威勢のいいサキュバスだな。だが、フェロドゥワームに素手で挑もうとしたバカだ。お前たちはオレたちが来なけりゃ、今頃やつらの餌食になってたんだぞ」

 狼男は、歯をむき出しにして唸った。


「フェロ…、って何よ。さっきの芋虫のこと…」

 アナの言葉の勢いが落ちた。それとともにアナのピンクの髪が栗色に戻って行く。


「なんだ、何も知らないでここに来たのか。呆れた奴だ」




 しばらくトンネルの奥から、ヒルを追い立てているであろう男たちの声が響いていたが、やがてその男たちも戻ってきて2人を取り囲む形になった。

 未千流には全員が狼男なのか解らなかったが、状況から察するに、全員がアナの言うところの狼男なのだろう。


 既に逃げられないことは確定していた。まあ、仮に狼男の人数が少なかったとしても、先ほど見た彼らの身のこなしを見る限り、逃げられないことは明白だった。


「奥にバッグが落ちてたんで拾ってきたけど、どうします」

 後ろに居た狼男が声を上げた。


「あ、それ…」

「それあたしたちの、返して」

 2人とも立ち上がったが、先程の狼男が手を上げて制した。


「お前たちの目的が解ってからだ。それまでは預からせてもらうぞ」


「中身は着替えよ、覗かないで欲しいものね」

 アナはそう言ったが、未千流の方の荷物には仕事用の端末を入れてある。発見されればこれは何だと怪しまれる可能性が高い。未千流は彼らが女性の荷物を探ることを躊躇してくれることを祈った。


「これからどうなるの?」

「全く分からないわ、彼らがどうしてここに居るのかも解らないし」

 2人がひそひそ声で会話をしていると、狼男たちも声が聞こえないところで何やら話し合っている。お互いに状況が解らず、戸惑っているのだった。




「何時までもこんなところに居てもしょうがない。取り敢えずオレたちの事務所まで付いて来い。話はそれからだ」


「なんであたしたちが狼男のアジトなんかに行かなくちゃいけないのよ」

 アナは納得しない様子だったが、荷物を抑えられたままではどうしようもない。


「アナ、そうは言っても、ここは従うしかないんじゃない」

 未千流はアナをなだめた。


「ねぇ、その事務所行ったらどうなるの? まさか牢屋入りなんてことは無いんでしょ」

 未千流はまさかという状況を敢えて提示してみた。


「ハッ、牢屋なんて在るわけないだろ。こんなところで立ち話でもないから、招待してやるって言ってるんだ。狼男の事務所にサキュバスが招待されるなんて話は聞いたことが無いからな。名誉だと思っていいぞ」


 狼男が高笑いすると、周りの狼男の中にも小さな笑い声が広がっていく。それが合図になったかのように何人かの狼男が集団を去って行った。何らかの確認に行ったのか、あるいは事務所に連絡に行ったのだろう。


「アナ、行きましょ」

「未千流は何も知らないから甘いのよ、こいつらのこと信用したら駄目よ」

 アナは不服そうに立ち上がった。





 2人が連れていかれた場所は、案の定、先に通り過ぎた『狼男の巣』だった。


 ドアの中はいかにも地下室と言った様子で、四方がコンクリートに囲まれていた。

 壁の一面にはトンネルの中に在ったのと同じパイプの様なものがびっしりと張り巡らされており、そこに繋がった計器が何らかの値を記していた。

 ぎっしりとロッカーが並べられているところを見ると、地下鉄跡への出入口件ロッカールームといったところなのだろう。


 部屋は暖房で暖かくなっていたが今の2人には暑すぎだった。狼男たちも同様なようで、作業服を脱ぎながら別のドアから次々と部屋から出て行く。


「奥にシャワー室がある。お前たちも先にシャワー浴びて着替えてきてくれ。サキュバス臭くてたまらん」

 トンネルの中でアナと口論していた狼男が奥のドアを開け、手招きをする。


「臭くて悪かったわね、でもあんた達だって獣臭くてたまらないんだからお互い様よ。でも着替えはバッグの中よ」

 アナが睨みつける。未千流も臭いと言われて良い気はしない。


「お前たちの荷物はそこにあるから持って行け」

 狼男が顎をしゃくった方に目をやると、2人のキャリーバッグがドアの横に立て掛けてあった。





「あの人たち全員狼男なの?」

 シャワールームは2人同時に使えるようになっていたが、仕切りが無い。気恥ずかしさを感じる未千流だったが、アナの方は一切気にしていない様子だった。


「そうよ、全員狼男。獣臭いから判るでしょ」

「獣臭い…?」


 未千流にしてみれば、男くさいとは思ったけれど、獣臭いとは感じなかった。弟だって似たようなものだ。


「狼男って言ってるけど、一体なんで狼男なの? みんな体格はいいけど、普通の男の人よね」

「今はそう見えるだけよ、でも未千流は絶対に気を許しちゃだめよ」


 アナはシャワーを止めると、未千流に向き直った。正面からアナの裸体を見据える状況になった未千流は心の中でドギマギする。


「狼男って言うのはね、簡単に言えばあたしたちサキュバスの雄なのよ」


「えっ?」

 突然の話に驚く未千流。サキュバスの雄が狼男!


「狼男は普通の人間と違ってあたし達のフェロモンで誘惑されないの。だから今のところ変な事にはなって無いでしょ」


 そう言われてみれば、確かにさっきアナがフェロモン出していた時も誰も全く影響されていなかった。いろいろあり過ぎて気にしていなかったけど、未千流はフェロモンのコントロールすら忘れていたのだ。漏れてたかもしれない。


「だから、その点は気にしなくても大丈夫よ。ただし問題はそういうサキュバスなら当然知っている筈の知識を未千流が全く持っていないっていう事なの。その点がバレると疑われるから、気を付けて欲しいの。とにかく未千流がサキュバスになったばかりだって事は絶対に内緒なんだからね」


「わ、解ったわ」

 色々ありすぎて理解が及ばないが、やはり自分は特殊なのだと未千流は再認識する。


「余計なこと言わないで、なるべく黙っているようにする」

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