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ダンジョン

 「アナは何でこんなところ知ってたの?」

 後ろを振り返ると、暗闇に目が慣れてきたのだろうか。アナのスマホのライトが眩しい。


「この辺に子供のころ住んでいたのよ。ここで探検ごっこなんかしてたから。隠れるにはちょうどいいところでしょ」


 なる程と納得する未千流みちるだが、気持ちの悪さが減るわけでは無い。


「それで、この階段はどこまで続いてるの?」

「下まで行くと、大きな部屋になってるの。それ以上先に行ったことは無いけど、昔の地下鉄の後だって聞いたことあるわ」


「地下鉄ね…」


 地下鉄と言われれば納得できるような気もするが、この細長い階段の意味は判らない。 


 3、4階分くらい降りたところで、遠くにドアらしき物が見えてきた。ドアは金属製で青く塗られていたようだが、あちこちペンキが剥げてさびが浮いている。


「まさか、行き止まりってことは無いわよね?」

 未千流がアナを振り返る。


「大丈夫だと思うわ、鍵は掛かっていない筈よ」

「…筈ね」

 つまりそれは、掛かっているかもしれないし、掛かっていないかもしれないという意味だ。


 未千流がドアのノブに力を入れると、ノブは少々抵抗しながらも難なく回り、金属製のドアはギギッという嫌な音を立てながら外側に開いた。

 中はかなり広い空間になっていて、スマホのライトは反対側まで届かない。


「何ここ…、広い…」

 未千流の呟きが空間に反響する。


「地下鉄には見えないわね」

「そうね…」

 未千流の言葉にアナも同意する。


 目の前の空間はただの四角い部屋になっていた。壁に広告や案内用だと思われる枠の跡が均等に並んでいたり、ベンチや椅子が散乱しているところを見ると、待合室のような場所だったのかもしれない。


「今は使われていないんだけど埋めるのも大変だからって放置したんですって。この先どこかに別の出口があるって聞いたことあるのよ」


「えっ? どこかってことは判らないってこと?」

「そうよ、さっきもここから先へは行ったこと無いって言ったじゃない」


「ちょっと待って。この真っ暗な中を出口探して歩くってこと? 見付からなかったらどうするつもりなの」


「見付からなかったら、ここに戻ってくればいいだけじゃない。その頃になれば時間も経ってるし、きっと神社には誰も居なくなってるわよ」


 呆れかえる未千流にアナは事も無げにそう言った。



 部屋を横断したところに別のドアを見付けたので開けてみる。そこで2人は地下鉄のトンネルらしき空間が存在していることを確認した。


「何これ…」

 2人は顔を見合わせる。


 地下鉄と言うと、それ程大きなトンネルを想像しないが、線路のある地面から見上げた空間は想像以上に大きい。しかし驚かされたのはその大きさではなくその中に張り巡らされたパイプだった。そのトンネル内には縦横無尽に張り巡らされた大小の曲がりくねったパイプがあり、しかも真っ暗ではなかったのだ。


 パイプは巨大な植物の根や蔓の様に思えたのだが、人工物の様にも見える。そのパイプの一部が丸く膨れ、ぼんやりとした光を放っている。その光る部分があちこちに点在していてトンネルの中を暗闇ではないものにしている。


「ライト切ってみようか」

 2人がスマホのライトを消すと、トンネルの中には様々な色の無数の提灯が満ちているかのような不思議な光景が現れた。美しいとも思えるが、不気味ともいえる。


 ライトを使わなくても歩ける程度の明るさはありそうだ。


「どうするの?」

「…取り敢えず少し進んでみましょ」

 未千流は目の前の風景に及び腰なのだが、アナの気は変わっていないようだ。


 歩き出してみると、地面には線路がそのまま残っている上に、多数の溝があるので非常に歩きにくい。そしてその上を這っているパイプは細いもので人の腕位、太いものは1メートル以上あり、そのパイプを跨いだり、潜ったりして進まなければならないのだ。


 触れてみると、細いパイプは温かく、逆に太いパイプは冷たい。表面には細かい毛が生えているさらさらしている部分と毛の無いツルツルの部分があって、押してみるとやや弾力があった。


「これ何だと思う?」

「考えるだけ無駄だと思うわ。それより早く出口を見付けたいわね」




 アナは太いパイプの向こう側にキャリーバッグを置くと、パイプを乗り越えた。パイプの向こう側が水溜まりになっていたので、ピチャっと足を濡らしたのが気持ち悪い。


「未千流はパンツでよかったわね。こんな服でこれ以上は無理!」

 アナは我慢がならないという様子でワンピースを脱ぐと、バッグの中に手を入れ別の服を漁った。


「わたしも着替えるわよ」

 未千流のパンツも生地がひらひらしていて、こんなところでアスレチックをするような用途には全く向いていなかったのだ。


 2人共ジーンズとTシャツに着替え、コートもすべてバッグに押し込む。

 気を取り直して歩き出すが、バッグを抱えて歩かなければならないので、すぐに汗だくになった。




「あ、あそこ、出口じゃないかしら」

 未千流が指さす方の壁に横穴が空いていた。横穴の上には壊れかけている非常口の案内のような四角い形状までが確認できる。


 期待をして近づいてみると、その横穴の中にはパイプが入り込んでいて通れそうにはなかった。パイプに手を掛けて引いてみるがびくともしない。

 スマホのライトで照らしてみると、上に向かう階段が見えるのが悔しい。


「あきらめて引き返したが良くない?」

 未千流は不安になって提案したが、アナは首を横に振る。


「ここに出口があったのは確かなんだから、もう少し先にも必ず別の出口があるはずよ。そこが駄目だったら戻ることにしましょう」


「解ったわ」

 納得したわけでは無いが、ここまで来たので諦めたくないアナの気持ちも解らないではない。




 しばらく進むと他より一段と明るくなっている場所に気が付いた。近寄ると壁にドアがあり、そのドアの丸い窓から漏れている光だった。


「あそこ、中に人がいるんじゃないかしら」

 ホッと安堵した未千流に反して、アナは険しい表情のままだ。


「こんなところに、普通の人がいると思う?」

「それはそうかもしれないけど、単に外にある建物の一部かもしれないじゃない」

 未千流は希望の有る方向に考えたい。


「あたしが見てくるから、未千流はここで待ってて」

 アナは荷物を置いてそっとドアの方に向かったが、すぐに慌てた様子で戻ってきた。


「近寄っちゃだめよ。おそらく狼男の巣よ。あいつらこんなところにアジトを作ってたのね」


「狼男?」

「あの匂いは間違いないわ。狼男のことは後で説明するからとにかく近寄らないで。見つかると面倒くさいことになるから」


 未千流は狼男という言葉に戸惑いながらも、急いでその場を離れた。


「狼男って何?」

「あたしたちがサキュバスでしょ。そんな感じで男の中にも狼男って言う知られてない存在があるのよ」

 説明になっていないような気もするが、今は先を急ごう。





 トンネルが突然終わって開けた空間に出た。

 そこは今までのような地下鉄跡の人工的なトンネルではなく、四方が崩れた土の壁になっていた。その壁から様々な色やサイズのパイプが絡み合うように突き出ている。

 広場ではパイプは全体に満ちるのではなく壁を支えるように絡まり、そこから一部の太いパイプだけが広場の中央まで伸びていた。


 中央には半球型の塊が有るのだが、距離感が曖昧なので大きさの判別ができない。人の背丈位にも思えるし、2、3階建ての建物位にも感じられる。その塊は不気味な輝きを放ち、嫌悪の感情を喉元まで湧きあがらせてくる。


「これは絶対ヤバい物よ」

「戻ろう…」


 2人が踵を返して戻ろうとしたその時、突然地面が揺れた。

 嫌な気配に後ろを振り返ると、球体から黒い何物かが吐き出されているのが見えた。


 アナの髪がピンク色に染まり、緑色に輝く目の色からサキュバス化したことが判る。黒い翼が出ていないのは、今はまだ夜になっていないためなのだろうか。美千留はサキュバスが男以外に特別な力を出せるのかと疑問に思った。


「荷物は諦めて走って」

 緑色に燃える瞳のアナだが、言葉は緊張感に満ちていた。未千流を先に立たせてパイプを乗り越えてひたすら走る。


 トンネル内の明かりが明滅していて、全体が生きているかのようだ。2人の異物を発見して、排除しようとしているのだろうか?

 振り向くと黒い影に見えた物は、ピョンピョンと飛び跳ねながら2人に迫って来ていた。身体全体をくねらすようにして跳ねる姿は吸血のヒルを想像させ、体表を覆う赤と黒のマダラ模様までが視認できた。想像以上に足が速い。ピチピチという、耳障りな甲高い音が近付いて来ると共に、酸っぱい不快な匂いが鼻を突く。


 追ってきたヒルたちが何をしようとしているのかは判らないが、想像できる以上に良くないことが起きる確信が持てる。


「先に行って」

 アナはそう叫ぶと、ピンクの髪をフェロモンの噴出になびかせ、迫りくるヒルを迎え撃つ構えに入った。

 目の前に迫るヒルはざっと20以上。大きさは1メートル近い。


 絶望を感じながらもアナは自分に言い聞かせる。あたしには屈強の男以上の破壊力が有るはずなのよ。

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