そして…
地下鉄跡に通じる工事用エレベーターの稼働を示すオレンジ色の回転灯が夜の闇の中で静かに回っている。フェロッソフ崩壊後、機材を搬入するために設置された物なので、現在は封鎖されている筈のものだ。
「あれ、こんな時間に誰か作業してるんすかね」
任務の帰り、優雨丞と大地の2人がヨシダビルに戻る途中、大地がエレベーターの警告灯に気が付いた。
「そんな筈はない、間違って入ろうものなら酸欠で一瞬であの夜行きだぞ」
優雨丞も警告灯を確認すると、運転していたバンをエレベーターが設置されている工事現場に乗り付ける。車の時計は夜の9時過ぎを示していた。
大地が車から飛び降りて工事現場の扉の鍵を開け、ゆっくりとその鉄の扉を開けた。既にエレベーターの警告灯は消えている。
エレベーターの安全バーが開いている。そしてその横の暗がりで小さな少女が2人の狼男を見つめていた。年のころは10歳前後だろうか。地味な茶色のワンピースに緑色の髪の毛が風に揺れている。そんな薄着で寒くないのかと心配になる。
「おや、そこに居るのは大地と優雨丞じゃないか。丁度良かった。僕をミチルのところまで送ってほしいんだけど」
無理やり作ったという雰囲気の笑顔から、思いもかけない言葉が放たれた。
俺たちの名前を知っている? なんだこの娘は!
優雨丞の毛が逆立った。おかしい、この娘は普通じゃない! 狼男の本能が優雨丞に用心しろと訴えかける。
「どうして俺たちの名前を知っている? 君のような幼い娘に知り合いは居ないはずだ」
「ああ、この格好で会うのは初めてだったね」
少女は自分の姿を珍しいものを見るかのように、いくつかポーズを変えながら確認する。
「ボクはアインソフ、いや、君たちにはフェロちゃんの方が馴染んでるはずだよね。どうだいこの身体、中々いい出来だと思うんだけど。ほぼ人間と区別が付かないだろう? とは言っても、素材がフェロドゥワームだから狼男の嗅覚は胡麻化せないかもしれないけどね」
フェロちゃんを名乗る少女は饒舌にしゃべり続けた。言われてみれば少女から漂う匂いの中にはフェロドゥワームを思い起こさせるものが混ざっていた。
「ボクはとりあえずミッちゃんのところに行こうと思っているんだけどね、この小さな身体だと歩いて行くのはちょっと大変なんだ。君たちの車で送ってもらえると凄く嬉しいんだけど、協力してはもらえないかな?」
小さな女の子の見た目としゃべり方のギャップが激しい。フェロちゃんを名乗っているが、狼男とサキュバスの個人名を知っていると言う事だけで十分信憑性が高い。しかしなんだろうこの違和感は。
「それで君はミチルさんに会って何をしようとしているんだ」
「せっかく話が出来る身体が出来たんだからね、遊びに行こうと思ったんだ」
「ヤバくないですか?」
大地が優雨丞に小声で囁く。
「そうだな、俺たちはなるべく関わらない方がいいだろう。ここはやはり、ミチルさんに任せるべきなんだろうな」
そうは言っても、本当にミチルさんに任せてしまって大丈夫なんだろうか…。優雨丞は一瞬躊躇したが、自分たちの手に負えるようなものではないと思い直した。
優雨丞はフェロちゃんを名乗る少女に身振りで車に乗るように指示した。
「乗れ、近くまでは連れてってやる」
「ど、ど、どうして、ミチルがここに居るの?」
ハナハナに文字通り飛び込んできた笑里は、妖子さんのアトリエに座っているミチルの姿を見て目を丸くした。
「まったく、何を慌ててるんだい。子供じゃないんだから。いい加減落ち着いて話が出来るようにならないのかね」
「だ、だって、ミチルちゃんの名前が…」
ミチルの無事な姿を見た笑里の目にはじわりと涙が溜まってきた。
「あ、ごめんなさい。笑里さんには連絡して無かったわよね」
笑里の様子を見て、慌てたミチルは意味も無く手をパタパタと動かす。
「どういうことなのよ、行方不明者名簿で見たときは本当にビックリして…」
笑里の顔は怒ったらよいのか笑うべきなのか解らなくなって、真っ赤になっていた。
「それって斎藤未千流ってわたしの元の名前でしょ。そっちの戸籍を消すために事故死扱いにしたのよ。今回の事故が丁度良かったから…」
「そんな話聞いてないわよ」
笑里の頬は納得いかないという様子に膨れる。
「ごめん、急に思い立ってね。それでそう言う事にしたのよ」
その言葉を聞くと、じろりと妖子さんがミチルを睨みつける。
「本当だよ。呆れるったらありゃしない。戻ってきたかと思ったら身分証明書だの持ってまた飛び出していくんだからね。何が有ったのかと思ったよ」
「だって、あそこに遺留品を落とせば確実に巻き込まれたことになるじゃないですか。丁度良かったんですよ」
「そういう計画性の無いことは感心しないね。そんな風に思いつきで動くとボロが出やすいんだよ。気を付けてくれないと後が大変になるんだからね」
「申し訳ありません」
「…でも良かったわ。てっきり本当に巻き込まれたって思ったから。表向きには公表されてないけど自衛軍にも5、6人の死者が出てるのよ」
笑里の言う人数は警察情報だから公表されていない本当の数字だ。おそらく事故発生時にフェロッソフに一番近い所に居たのが自衛軍の兵士なのだから、その程度の被害者数であればむしろ被害が少なかったと言ってもいいのだと思う。
ミチルが記憶操作を出来るのは女性だけなので、ミチルが救助できた女性兵士は1名だけ。男性兵士には手が出せなかったのだ。それでも気を失っている兵士を3名程安全な場所まで移動しておいたが、その兵士たちが助かったのかどうかは確認できていない。
それでも陽大と香菜ちゃんを助け出せたのは大きな収穫だった。あそこで2人を失っていたらどれだけ後悔することになったのだろうか。直接の原因とは言わないが、ミチルが関わったことにより起こった事故であることは間違いないのだから。
「それにしても、この衣装は修理っていうより作り直した方が早そうだね。一度でここまでボロボロにされるとねぇ」
「あ、やっぱり無理ですか…」
ミチルは妖子さんの前に広げた穴だらけの自分のサキュバス衣装を見て納得した。まあそうだろうとは思う。
夕飯を終えたミチルは、1人自分の仕事場で考えに耽っていた。
今まで西糖未千流で受けていたプログラムの仕事は継続できないし、関連の仕事を受ける事も出来ない。支払いの済んでいない分の入金も無い。何故なら西糖未千流は昨日死亡してしまったからだ。受取人の居ない仕事のお金をが入金されることは無いだろう。
そうなると橘ミチルとして新たな仕事を探さなくてはならないのだ。
誰からの紹介も無い、全く実績のない無名の状態から新しい仕事を開拓するのは厳しい筈だ。
暫くは妖子さんからサキュバスの仕事を回してもらいながら、やりくりしていくしか無さそうだった。
それにしても、事前に橘ミチルの口座にお金を移しておいてよかった。そうでなければ今のミチルは無一文になっているところだった。
残りの西糖未千流名義の貯蓄に関しては、弟が相続出来るよう、公正役場に遺言書を預けてある。正直遺産の分配などになると、あの親は信用できない。ミチルが希望した様に陽大の学費に充ててくれるとは思えなかった。
この歳で遺言状等と言うと公証役場で不審がられるかと思ったのだが、世の中には色々な人がいるのだろう。親と仲が悪く弟の学費を確実に確保したいと言うと、簡単に手続きを済ませてくれた。
とりあえずはまたフェロちゃん頼りで、新しい仕事の開拓をするのが現実的なのだろうか。
ミチルが気を取りなおして、パソコンの電源を入れようとした時、部屋のドアを誰かがノックした。
「ミチル、あんたに会いたいって言う女の子を拾ったから連れて来たわよ」
「………?」
ミチルが首を巡らすと、アナの隣に小さな女の子が立っていた。
「ふーん、この部屋ってカメラで見る時より小さく感じるんだね」
不思議そうに部屋の中を観察するその小さな女の子の唇から、アイちゃんの声が発せられた。
いかにも続きが有るような終わり方ですが、ここでこのように終わらせることを考えて書き進めてきたのでこれで完了です
続きは…
有るかもしれないし、無いかもしれない
初めてのチャレンジとしての連載なので反省点も沢山ありますが、半年間落とす事無く続け、やり切った満足感もあり、ホッとしています
最後まで読んでいただいた方の感想など頂けると嬉しいです




