陥没事故
「そうだ、ちょっとお団子屋さん寄ってかない?」
陽大と香菜はいつものように道場から自転車で家に帰る途中だった。天気は良いが風は冷たい。
「この辺に団子屋なんてあったっけ」
「まえ映画見に行った時、明美ちゃん達と一緒に行ったじゃない。ちょっとぼろい雰囲気のお団子屋さん、近くに神社があった所」
「…ああ、あそこか。たしか結構安かったよね」
「甘酒もあったはずだし、ちょっとならいいでしょ」
お団子もいいが、暖かい甘酒は魅力的だった。2人は香菜の思い付きからちょっと寄り道をすることにした。
団子屋は住宅街の中にポツンと在る、古い小さな店だった。
今時珍しい縄暖簾が掛っている入り口の横にガラスケースがあり、そこに持ち帰り用の団子が並べられている。看板も古く煤けていてパッと見た目では店の名前も判別できない。
入り口の引き戸をガラガラと音を立てて中に入ると、店の中は薄暗く、古いテーブルが5つ。中央にダルマ型のストーブが置いてあって、その上に乗ったやかんにはチンチンと音を立ててお湯が沸いている。
店内のお客さんは3人の男子高校生と2人組のおばさんだけだった。
「いらっしゃーい」
ガラスケースの所のおばさんは愛想がいい。
陽大と香菜は壁際の席に向かい合わせに座った。メニューは団子が5種類に焼きおにぎり。飲み物は甘酒だけ。お茶はセルフで無料である。
「おお、焼きおにぎりが有るんだ…。おれはこっちがいいかな。…おばさん、焼きおにぎりと甘酒」
「あたしはみたらしと草団子、一本ずつに甘酒お願いします」
持ち帰りの注文が込んでいて、おばさんはガラスケースのところで注文で手いっぱいの様子。それを見ると店の奥からお婆さんがゆっくりと出て来て、二人の注文に対応してくれた。
「焼きおにぎりと甘酒が160円、お団子と甘酒は200円だよ」
陽大と香菜はそれぞれの金額ををお婆さんに手渡した。
このお店は店内で食べる時も先払いなので、店を出る時に支払う必要は無いのだが慣れないと戸惑ってしまう。
「大学の結果って、もうすぐなんでしょ」
香菜は甘酒のカップで悴んだ手を温めている。
「まあね、でもあんまり自信無いんだよな」
「学費は未千流姉ちゃんが出してくれるんでしょ。未千流姉ちゃん凄いのね」
「その話してたんだっけ?」
陽大は焼きおにぎりを一口齧る。
「だから困ってるんだよ、第一志望に受かれば姉ちゃんに出してもらう事になってるんだけど、滑り止めの結果出ちゃって、そっちが受かってるんだよね。そっちだと姉ちゃんに出してもらうわけにい行かないから、どうしようかって」
「滑り止めだとお姉ちゃんじゃないの?」
「第一志望が獣医系ってのは知ってるだろ。それだと親が大反対で、それで姉ちゃんが出すからって言ってくれたんだよ。第2志望なら普通の大学だから親が出すって言ってるんだ。そうなると蹴れないだろ」
「ふーん、ヨウちゃん、お姉ちゃんにそこまで言われてるのに諦めちゃうんだ。未千流姉ちゃんがっかりするだろうな」
香菜は上目遣いで陽大を見ながら団子を齧る。
「…、やっぱそうかな?」
「そうだと思うけど。未千流姉ちゃんの気持ち考えたら、今年駄目だったとしてももう一年頑張った方がいいんじゃないのかな」
「俺だって解ってるけど、浪人するとしたら予備校とか、うちの親絶対出してくれないと思うんだよなぁ」
「ああ、ヨウちゃんの家ってそうだったんだっけ…」
香菜の悲しそうな顔に陽大が慌てて話を切り替えた。
「香菜の方はどうなんだよ、美大なんだろ」
「あたしの方は大丈夫よ、美大って浪人が普通だから」
香菜はしれっとそう言ってみせた。
2人が団子屋を出て自転車を進めていくと、道路の先に工事中のような塀が見えた。その塀の向こうには銀色に輝く四角い建物のようなものが見える。
「あれって、この前事故があった所よね…」
「戦時中の化学兵器だっけ?」
「何言ってるの、ただの化学薬品。兵器じゃないわよ」
香菜はあきれ顔で陽大の顔を見る。
「ちょっと見に行ってみようぜ」
「えっ、止めようよ、自衛軍入ったって聞いてるし…」
「えっ、そうなんだ。いいじゃん、少しだけ見に行ってみようぜ」
自衛軍と聞いて逆に陽大は急に興味が沸いてきた。こういう時は18歳と言えどもただの少年である。
陽大が香菜を置いて先に行くので、香菜は仕方なく陽大の後ろを追いかけた。
しかし当たり前の事だが、近くに寄ったところでただの工事用の塀が聳え立っているだけで中が見えるわけではない。特に変わったっ様子も無く、中から特別な音が聞こえて来ることも無かった。
道を歩く人も通っていく車も平常通り、誰も特別何かを気にしている様子は無い。
ちょっと冒険心を擽られた陽大だったのだが、その好奇心を満足させることは出来ず、ただ香菜の不機嫌な顔を見る結果になった。
「何も無いな…」
「だから言ったじゃない、もう帰ろう…」
「ちょっと待って」
塀の中で何か大きな物音がして地面が揺れた。
「あれ、地震?」
香菜が不安そうな表情をしていると、突然けたたましくサイレンが鳴った。
ぐらりと地面が大きく揺れ、陽大は足を付いた。
揺れ方がおかしい、地面が揺れるのではなく傾いて行くような感覚がある。
アスファルトの地面にひびが入り、広がっていくのがスローモーションでも見ているかのようだった。香菜が悲鳴を上げながら自転車と共に倒れるのを見て、陽大は自分の自転車を放り出すと、香菜の腕を掴まえた。
工事の塀が内側に倒れ、足元の地面が塀の方に吸い込まれるかのように移動している。地面が割れて身体を支えることが出来なくなり、陽大は香菜を抱き抱えるように背中から倒れこんだ。
警報が鳴り響いている。
何の警報なんだよ!
自分だけではない、周りにいた人も斜めになった地面に座り込み、あるいは倒れて何かを叫んでいた。
メキメキ、バキバキとあちこちで何かが壊れていく大きな音が響き、2人を取り込んでいく。
明らかに工事現場の方に地面が沈み込んでいる。陽大は香菜を助け起こすと、敷地の外へ向けて足を動かした。逃げなければそこに取り込まれてしまうという恐怖心で頭が一杯になっている。
何歩か足を進めたところで急に足元の地面が流れ出し、陽大は膝を付いた。咄嗟に香菜の身体を投げ出すと、香菜の身体は地面を転がっていく。大丈夫だ。あれなら香菜はまだ動ける。体術を習っておいてよかった…。
ズンという地響きが伝わり、陽大は自分の足が膝まで埋まっているのを意識した。
「ヨウちゃん!」
香菜が陽大の方に近寄ろうとする。
「香菜、来るな、逃げろ!」
そう叫んだ雄太の身体はその地面と共に低い方に滑り落ちていく。雄太は足を引き抜こうともがくが、地面はその足を締め付けて放そうとはしなかった。壊れた塀の一枚が陽大の上に覆いかぶさると陽大は意識を失った。
「香菜ちゃん、どうしてこんな所に居るの?」
突然名前を呼ばれて香菜は涙と泥でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「…未千流姉ちゃん?」
目の前に立って居るのは陽大の姉の未千流のように見えた。しかしその髪は金色に輝き、瞳は真っ赤に輝いている。そしてその背中には真っ白な翼が広がっていた。違和感は有ったがなぜか未千流姉ちゃんだという確信があった。
「ヨウちゃんが、ヨウちゃんがそこに埋まっちゃった」
香菜はミチルの手を取るとワッと泣き出した。
「陽大も一緒に居たの?」
ミチルは陽大が埋まったという方向を確認しながら、優しく香菜の肩を抱きしめた。香菜はもう言葉に出来ず、泣きながら頷くだけだった。
「香菜ちゃんは怪我はない?」
ミチルは香菜の身体を確認するが、致命傷になるような怪我はしていないようだった。両膝は擦りむいて血が出ているが、骨折しているような様子は無い。
「陽大はどこに居たの?」
「…そこの塀が倒れて下敷きになっちゃった」
香菜はそれだけをやっとミチルに伝えることが出来た。
「ちょっと待っててね」
ミチルは香菜が示した場所に移動すると、まだ揺れている地面の上の工事用の塀を持ち上げた。サキュバス化していなければとても持ち上げることが出来ない重さだ。
塀の下にはぐったりとした陽大の身体が地面に埋まっていた。




