プロジェクトの終了
2月13日、陽明町の変電所は平常通り静かなものだった。表面上は…。
「物体203号ABは共に静止して発光の様子無し。変化有りませんがA棟の室温が外気より低下しており巡回には防寒が必要と思われます」
岡田准尉は1人の兵士から報告を聞いて頷いた。
「引き続き経過を確認、変化があれば直ぐに報告をしろ」
「了解しました」
巡回の兵士を下がらせた後、岡田准将は険しい顔をしたまま物体203号が映っているモニターを見つめた。モニターに映っている物体203号は昨日までの不気味な様子とは打って変わり、巨大な黒い消し炭の塊ようになって、じっとそこに佇んでいる。
その中でも変電所の敷地内の物体203号Aと命名された方の異常が際立っていた。本体の温度がマイナス40度と極端な低温に下がり、それを囲っているA棟はまるで業務用冷凍庫の様な状態になっていた。
「何が起こったんでしょうねぇ」
データの確認をしている椚木2曹がそれとなく呟いた。
「俺たちは物体203号が危険な状態になった場合の対応を任されている。調査や判断は俺たちの仕事ではない。…とは言ってもこれはどう対処すべきなのか」
13日の早朝、物体203号ABの両棟で警報が鳴り、204号の出現が確認された。204号とはフェロドゥワームの事であり、自衛軍ではそう命名している。
204号は周りの動くもの全てへ攻撃を行う、危険なものとして自衛軍は認識していた。
今のように203号を防護壁で囲むまでは度々204号の出現があり、自衛軍と言えどもその対応に苦慮した経緯があるためだ。
警報発令時には完全防護体制で兵員を出動させたのだが、その日の204号は様子が違っていた。204号は203号から排出されるとそのまま動かなくなり、その場にただ積み重なっていったのだ。
そのため203号と防護壁の隙間を埋めるように204号が敷き詰められた格好になってしまった。その後も204号に動きは無く、自衛軍はただ静観するということになった。
その後203号が色を失い、その不気味な発光も見られなくなるという経緯を取るが、特に被害は無くこうして経過を観察している。
そして今は204号Aの温度が急激に下がっているという事象が観測され、A棟の内部は既に冷凍庫状態、2重に囲まれた防護壁の外側にも霜が付き始めていた。
その異常な状態を知っているのは自衛軍の203小隊と報告を受けた司令部だけだが、それにどう対応すべきと言うマニュアルはどこにもなかった。
陽明町の町は静かに朝を迎えていた。
エネルギー省、第4開発室の山来室長の元に、自衛軍から陽明町のフェロッソフの異常が伝わったのは、その日の登庁直後のことだった。
地下鉄跡のフェロッソフが崩壊したことを、第4開発室では重大な問題ととらえて対応していた。その後、陽明町のフェロッソフが稼働状態にあることを確認すると、そこに自衛軍を派遣するように働きかけ、状態を維持させようと全力を注いでいた。そして近日中に稼働試験の見込みが立ったという報告を受けた矢先の出来事だった。
「異常を確認したと言うのはどういう事なんですか。もう少し具体的に説明をしてもらえますかね」
「物体203号が停止したという報告を受けています。例の光も無くなったそうで、外見的には死んでいるのか眠っているように見えているそうです」
「そんな外見はどうでもいいんです。実際にプラントとして使用できるかどうかが問題なんです」
山来室長は、自衛軍の山口3佐に向かって声を荒げた。
「そう言われましても、当方としましては物体203号の安全管理の指示を受けているだけでして、それ以上の技術的な部分に関してはエネルギー省の方でやっていただかないと。そちらの回答を見たうえで対策を立てるしかありませんので、今はなんとも申し上げられませんが…」
「そんな暢気なことを言っている場合じゃないんだ。地下鉄跡の件と言い、何のための自衛軍だ! これに国の将来が掛かっているんだぞ」
「そう仰られましても、地下鉄跡に関しては当方は担当しておりませんので、その件はそちらの担当にお伝えくださらないと」
山来室長の受話器を持った手が小刻みに震え、ギリギリと歯噛みをする。
「とにかく最優先で現在判っていることの報告をまとめてくれ、最優先だ!」
山来室長は受話器を叩きつけるように置くと、会話を切り上げた。
ったく、融通が効かん男だ。これがどれだけ大切なのか解らんのか! 1人毒づくと今度は第三興商の番号をプッシュした。
「エネルギー省の山来だ。渡辺常務を頼む、大至急だ」
「中田君、FLFの進捗状況はどうなっているの?」
中田部長は渡辺常務から急な呼び出しを受けたのだが、正直戸惑っていた。進捗は提出済みだし、今更確認することなどない筈だ。
それなのに、急な呼び出し。しかも顔つきが険しいときた。これでいい話のはずがない。
「第2次試験に向けて、西糖さんから仕様書が上がって来ています。現在は星光企画と運用を詰めていると事ですが…、何かあったんですか?」
「いえ、今しがたエネルギー省の山来室長から電話があったのよ。陽明町のフェロッソフに何かあったらしいんで、こっちから確認して欲しいそうなのよ」
「あそこには自衛軍まで出て対応に当たっている筈ですよね。何かあったと言う事は、とん挫する可能性が出てきたという事ですか?」
渡辺常務は微かな笑顔を見せたが、その表情の裏には苦渋が見え隠れしている。
「さすがは中田君ね、話が早くて助かるわ。その可能性を考えたうえでうちから何か確認する方法ってあるの?」
「技術部に置いてあるインターフェースを使えば動いているかどうか位の確認は出来ると思いますが」
「なるほどね、なら今直ぐに確認してちょうだい。結果が解ったら直ぐに連絡して」
「解りました、技術部に確認させてみましょう」
中田部長は踵を返して役員室を後にした。
こういう時は内線で確認するより直接技術部に足を運んだ方が早いというものだ。
中田部長の報告を受けた渡辺常務は、その場でFLFプロジェクトの凍結を宣言した。
「プロジェクトは一時中止、再開のめどは無いくらいに思っていた方がいいわ。その旨各部署に伝えてちょうだい。ただし取引先にはあくまで一時中止と言う方向でね。それでないと支払いの話が出てきちゃうでしょうから。もし支払いの話が出たら、長くなるようなら一時金を検討するって伝えてくれればいいわ」
「解りました。直ぐに手配しましょう。エネルギー省にも連絡するんですか」
「いや、あそこに連絡する義務は無いわ。向こうが先に知った情報があったってどうせこちらには伝えて来ないんだからお互い様よ」
渡辺常務は、プロジェクトを凍結するのが今であれば、まだ会社の被害は最小限に抑えられると読んでいた。この先に一歩踏み込まば、関わる人数も費用も加速度的に大きくなってくる。
中田部長の方も、この件に関しては怪しい部分を感じていたので、さもありなんと納得していた。しかしその怪しいという感情が、サキュバスとの関係から生じていたことには気が付いていなかった。




