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サキュバスは狼男の夢を見ない  作者: 無沙


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冷凍作戦3

 幸いなことに破壊された隔壁は最上部の天井と接触した部分で、シートが捲れあがっただけで破れていはいなかった。しかしシートを張りなおすためには保護ボードを一度外さなければならない。


 ボードを緩める際に事故が起こった。ボードの中に液体窒素が溜まっていたのだ。

 2人の狼男が胸部から液体窒素を被り、撤退することになった。防護服を着用しているとは言っても身体に直接大量の液体が掛かればただでは済まない。しかしそこは狼男、全身の毛が緩衝材になり重症に至ることは無かった。


 窒素班が耶麻人やまとの指示で駆け付け、全員でシートを天井に張り直す。


「空気ボンベ使用時間15分経過」

 データをチェックしていた狼男から報告が上がると、優雨丞がマイクを取る。


「ボンベ内の空気が活動限界に達した。全員待避所まで後退」

「待避所まで後退、了解」


 各班のリーダーから復唱があり、作業中の狼男が持ち場を離れ待避所に後退した。


「待避所の酸素濃度は?」

「17パーセント、良くは無いですね」

「第1、第2テント周囲の酸素濃度は」

「それぞれ20パーセントで問題ありません」


 優雨丞は頷いた。

「作業チームはそのまま第1テントまで後退、第1テント部隊は待避所まで進んでから防護服とボンベ着用、装着完了したら報告」


「第1テント了解、避難所に移動します」


「避難所酸素濃度18パーセントに回復」

 フェロッソフの隔壁修理は済んでいたようで、少なくともモニター上で吹き出しは視認されなかった。


「このまま保ってくればいいのだが…」

「そうだな」


「フェロドゥワームはその後どうだ」

「新たな出現はありません。隔壁内の1体は完全に静止」

 モニターに映るフェロドゥワームは隔壁内を滑り落ちて、液体窒素に浸かって固まっていた。フェロッソフ本体も最初のような動きは無く、液体窒素に浸かっていない部分まで黒化が進んでいる。今では光を放っているのは天井に近い部分のみになっていた。


「第1テント部隊避難所に到着。ボンベ着用しました」


「フェロッソフの動きは止まっている。補修部分を含めて状態を確認しろ」


「第2テント部隊は避難所まで進んで待機。第1テントの初動部隊は負傷者を除いて再稼働できるよう準備、準備完了したら連絡」


 各部隊からの確認を済ますと優雨丞はフッと息を吐いた。

「何とかなりそうだな」

「まだ安心するには早いぞ」

「解っているさ」

 そう言った優雨丞の顔には安堵の色が見えていた。





「あらアナったら、ちょっと早いんじゃないの」


 変電所に近いビルの屋上に、アナが黒い翼を広げ、音も無く舞い降りた。

 屋上に待機している紅音あかねは黒いダウンコートから紅色の髪の毛を風になびかせて佇んでいる。


「狼男の方は終わったらしいわよ」

 そう言うアナもすぐに翼を畳み、黒いダウンコートを羽織った。息は真っ白になって流れて消えていく。


「あら、意外と早かったのね」

「作業自体は終わって、今は撤収作業中なんだそうよ」

「アイちゃんは」

「そっちはまだ時間掛かるらしいわ、だからあたしは狼男が撤収完了するまで1時間くらい監視してればいいんですって。それで下には何か変化あったの?」

「何ぁーんにも、静かなものよ。暇だからたまに回りまわってみたけど、本当に何も無い静かな夜よ。あそこにフェロッソフが入っているなんて思えないわよ」



 アナが変電所を見ると、丁度自衛軍の詰所のドアが開いて中から制服姿の自衛軍の兵士が姿を現した。開いたドアから灯りが漏れて周りの地面を映し出す。哨戒の時間なのだろう。


 アナはコートの中から保温水筒を取り出してキャップを緩めた。

「新しいお茶淹れてきたけど飲む?」

「もちろん、頂くわよ」

 ビルの上でも静かに夜は更けていった。





 アイちゃんからフェロッソフに手が出せるようになったと連絡があったのは、朝の4時頃だった。


「意外と簡単だったよ、ただ穴が開いているだけだったから塞いでおいたよ」

 当然のようにそう告げるアイちゃんの声は相変わらず可愛らしい女の子の声だ。


「それだけ?」

「うん、それだけ」

「技術的にどうとか、何も無いわけ?」

「無いよ、だって塞ぐだけだから。ああ、でも一個の穴だけ別のことに使えたから残しておいたよ。それがミッちゃんの言うこところのフェロちゃんに繋がってたから。これから活用しようって話になったんだ。楽しみだな」


「ちょ、ちょっと待って。それじゃアイちゃんとフェロちゃんが直接交流できるようになったってこと?」


「そうだよ、だからフェロちゃんは今回の結果ももう知っているし、ボクはミッちゃんの過去の話も全部知ってるんだよ」


『プライバシー!!』心の中でそう叫んで、ミチルは天を仰いだ。

 別に過去の失敗話や恥ずかしい話をAIに聞かれたところでどうということは無い。…無いはずなのだが感情が追い付かない。


「…、それでこの後はどうなるわけ。フェロッソフは」

 何故か火照る顔を意識しながら、ミチルは今後のことをアイちゃんに確認した。結果を狼男に報告しなくてはならないのだ。


「多分この前崩壊したフェロッソフと同じことになるんじゃないかな。エネルギーの供給が行われない以上、身体を維持することなんて出来ない筈だからね」


「それじゃ本当にこれで終わったってことでいいのよね」

 ミチルにしてみればあまりに呆気なさすぎで、気持ちが追いついてこない。


「ミッちゃんの方には第三興商から何か話が行くんだろうね。ミッちゃんのせいだとはバレないだろうから心配いらないと思うよ」


 ウォー! アイちゃんがフェロちゃんしか知らない情報を平然と語っている。これはやばい。

「…あ、ありがとう、とにかくこれからフェロちゃんに確認して狼男に報告入れるわ」


「フェロちゃんには何も言わなくても大丈夫だよ。この会話も共有できているから」


「…解ったわ、でも一応ね」


「うん解った。それじゃお休みなさい、で、いいのかな、こんな時間だけど」

「大丈夫よ、お休みなさい」



>どういうことなのよ?


>>今アインソフが言ったとおりだよ。アインソフとボクとで記憶共有することにしたから、今アインソフと話した内容も理解しているよ。

逆に言えばここでこうしてテキストで行っている会話もアインソフと共有済みなんだ。


>わたしからすると、それってちょっと不気味なんですけど。


>>言いたいことは解るけど、そういうものだと思っておいた方がいいよ。

だから今後は音声でもテキストでも、ミッちゃんが好きな方で会話が出来ようになったと思ってもらえばいいんじゃないかな


>それだと、一人称はどうしたらいいの?


>>今まで通りでいいよ、テキストならフェロッソフ、音声ならアインソフ。それで僕らの方は問題ないから


>了解したわ


「アイちゃ~ん、それでいいわけ」

 ミチルは椅子の背もたれに思いっ切り寄り掛かると、天井に向かって叫んだ。


「うん、大丈夫だよ」

 即座にアイちゃんが応えてきた。






 ミチルが気を取り直して、優雨丞に電話を入れると、優雨丞は即座に応答してくれた。

「そっちの様子はどうですか?」


「俺と一緒ん何人か陽明町下のコントロールルームに残っているが、それ以外の狼男は既に撤退が完了している」


「良かった、けが人は出ていませんか?」

「軽傷が数名と言ったところだ、大した問題じゃない」


「こちらからの報告としては、フェロッソフへのエネルギー供給を停止出来たのでもう心配は無いそうです」

「おお、それじゃ作戦は完了したという事でいいんだな」


「アイちゃんが言うにはそのうち崩壊するだろうって話でした」

「…アイちゃん?」


「ああ、別の世界のAIでフェロちゃんみたいな奴です」

「そっちのAIまでちゃん付で会話が出来るようになっているのか?」

「この前作った新しいインターフェースが有りますから」

「ああ、そうだったな」

「それじゃ、志茂田隊長にもよろしく伝えてください」

「ああ、すぐにでも報告しなくてはならんからな」

「後でお礼に窺います」

「そうだな…」


 電話を切った後でミチルは考えた。狼男へのお礼ってどうすればいいんだろう? それ以上に今回の作戦には莫大な費用が掛かったはずなのだ。

 それってわたしの負債になるんだろうか…?


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