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逃亡

 未千流みちるは冷たい風を感じて、自分がどこかで横になっていることに気が付いた。風に揺れる草の葉が頬を撫で、目の前には疎らに雲が広がる冬の空が広がっている。


 頭がズキズキする。身体を起こそうとして腕や肩の痛みにも気づく。


「痛たたたた…」


 未千流はすぐ傍で止まっている黒いタクシーを目にして、今がどういう状況なのかを思い出した。

 そのタクシーのトランクから、アナが2人分の荷物を引きずり出そうとしている。


「未千流、気が付いたわね。怪我はない?」

 アナは未千流の横にキャリーバックを置いた。


「大丈夫だと思う…」

 そう言いながら未千流は強張ってギシギシと音を立てる自分の身体を伸ばし、軽く腕を回す。左肩に痛みがあるし、腰も痛い。しかし立ち上がろうとしたところで少し眩暈を感じて座り込んでしまった。

「…でもないかも。アナは大丈夫なの?」


 見上げたアナは厳しい表情をして周りを見回している。まとめてあった栗色の髪は既に解けて風に揺れていた。


「おそらくすぐに警察が来るわ。早くこの場所から離れないと色々と不味いことになるのよ。未千流、歩ける?」


「ちょっと待って…」

 未千流はキャリーバッグを支えにゆっくりと立ち上がった。身体の痛みは仕方が無いが、歩くには問題ない。スリッポンで良かった。

「多分大丈夫よ」


「念のためタクシーの中に何か残ってないか確認してから移動するわ」


 タクシーはタイヤを溝に嵌め、傾いた状態で止まっていた。ドアはあけ放たれ、エアバッグがだらしなく広がっていて、運転手は運転席に座ったまま動かない。


「運転手は寝てるだけだから、心配しなくていいわよ」

 アナの説明を聞いて未千流はホッと胸を撫でおろした。未千流の不安そうな表情から察したのだろう。


 2人で後席を確認してタクシーのドアを閉める。


「問題はタクシーを家に呼んだ記録なんだけど、今そこを今心配してもしょうがないからさっさと移動しましょ」


「記録ってどういうこと?」


「タクシーを家に呼んだら記録って会社の方に残っているでしょ。あたしの携帯アドレスもだけど、未千流の住所で家の方まで調べに来るでしょ。あたしの方はID作り直すとかで何とかなるけど、未千流方が問題だわ」


「逮捕されるとか…?」


「そういう事じゃなくて…。事故にサキュバスが絡んでいたって事が問題になるのよ。サキュバスの存在が表に出るとマズいってことなのよね。それでそれ以上に問題になるのが未千流の存在ね。未千流は未登録のサキュバスだから、今後どんな扱いになるのか全く想像がつかないわ」


「それって、かなりヤバい話なの?」


「たまたまサキュバスと一緒でしたって白を切れればいいんだけど。未千流のフェロモンじゃ誤魔化しきれないでしょうね…」

 アナは難しい表情のままだ。


「ちょ、ちょっと待って」

「何?」

「それならタクシー呼んだ記録が無ければいいって事?」

「それはそうだけど、そんなの無理よ」

「…多分、わたしなら、出来るわ」


 未千流は自分のキャリーバックを開けて、愛用の端末を取り出した。電源をを接続し、スマホからネットワークに接続、ディスプレイ代わりにして動作を確認する。大丈夫だ、正常に起動している。

「何それ」


「…今からこれでタクシー無線を使って配車情報にアクセスするから。運転手さん起こして」

「そんなことできるの?」

「それが、わたしの特技だから」


 タクシーの事故情報は既に届いているだろうから、警察が来るまでの時間との勝負になる。

 アナが指示をすると、運転手は素直に車の電源を入れてくれる。


 未千流はこれがサキュバスの能力なのかと感心しながら、タクシーの配車プログラムにアクセス。

 こういった営業用のプログラムは直接外部に繋がるわけでは無いので、単純なセキュリティーになっているものなだ。案の定簡単に会社の配車プログラムにアクセスできる。


 配車プログラムの履歴を確認。未千流の家までの配車情報を見付け、別の場所へ呼び出されたことにして上書き。これでわたしの家の場所は多分大丈夫。

 GPS情報が残っていると面倒だけれど、ざっと見た限りではデータベース側には見当たらない。おそらくGPSの記録はこのタクシーのローカルデータに入っているだけなのだろう。これで完了、タクシー会社へのアクセスを終了。

 後はタクシー側のGPS履歴だけだがこれが問題だ。簡単に言えば座標の連続データが並んでいるだけなので時間に合わせたデータをでっち上げなければならない。ここをAIで生成して上書きさせる。さすがに、ここは携帯のネットワークを通しているので時間が掛かっている。


 未千流はアナに説明して、運転手の記憶が書き換えた配車情報と矛盾しないように覚え直してもらう。

「あなたは、何故ここで事故を起こしたのかしら?」

 アナが、運転手に確認する。

「配車先に行ったところキャンセルされたので、会社に戻ろうとしたのですが、堂々町で客待ちありと無線が入って向かっていた途中で、めまいを起こして溝に落ちたようです」


「はい、それで大丈夫よ。じゃあ運転席に戻って眠って頂戴」

「解りました…」

 運転手はそう言ってタクシーに戻ると、気を失うように眠る。


「本当にすごいのね。こっちも今終わったわ」

 未千流はGPSデータの書き換えが終わったのを確認して端末を外す。


「運転手の方はこれで大丈夫だけど。窓は開けておいて。少しでもフェロモンの痕跡減らしておきたいから。それじゃ行きましょう」


 未千流は運転席で眠っている運転手を振り返った。

 ごめんなさい、責任問題とかにならなければいいんだけど、心の中で謝る。





 アナは早足で前を進むが、未千流にしてみれば今いる場所もわからない。パトカーのサイレンが聞こえてくるとアナは横道に逸れた。


「未千流、こっち」

 アナはキャリーバックを抱えて近くに見える小さな神社に向かった。神社は背の高い木々に囲まれているので、身を隠すにはちょうど良い場所といえそうだ。


 アナは迷うことなく神社の後ろの古い木造倉庫まで進むと、当たり前のようにその扉を開けた。

「入って」


 誰も付いて来ていないことを確認してアナは扉を閉める。

 倉庫の中はカビ臭く、明かりは鎧戸の隙間から入る光だけなので薄暗い。


 2人とも壁際に腰を下ろす。


「取り敢えず一安心ね。それにしても未千流はさっき何をしたの?」


「ああ、あれね。うーん、簡単に言えばタクシーの配車の履歴を書き換えて別の場所に行ったことにしておいたの」


「それは運転手に説明した内容だから解るけど、未千流はなんでそんなことができるわけ」

 アナは怪訝そうに未千流の顔を見る。


「えーっと。わたしの仕事の話、してなかったっけ? わたし、プログラムの仕事してるから…」

「ふーん、プログラマーってそういう事まで出来るんだ…」


「まあ、そういうことになるのかな」

 いや、プログラマーだからといって普通あんなことしない。未千流は誤魔化したくなって話題を変えようとする。


「それにしても、ここどこなの?」



「ちょっと待って」

 アナは未千流の言葉を遮り、格子戸から外を覗いた。


「不味いわね、誰かが近づいて来てるわ。…こっちに来て」


 アナは倉庫の奥に進むと、床板を押し上げた。


「何それ、隠し通路?」

 目を丸くする未千流。


「そんな感じよ」


 スマホのライトで中を照らすと、コンクリート製の細い階段がずっと下にまで続いているのが見えた。


「何ここ?」

「崩れたりしないから大丈夫よ。先に入って、扉閉めるから」


 階段はまっすぐ下に続いていて、スマホのライトだけでは遠くまで見通すことが出来ない。壁は古くひび割れ、一人分の幅しかない。

 未千流はアナに先に立って欲しいと思ったのだが、行き掛かり上先になってしまったので、仕方なく先を歩く。


 空気は乾いているし、酸欠になるようなことは無さそうだが、かなりの圧迫感を感じる。閉所恐怖症だったらまず耐えられないだろうと思う未千流だった。

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