再調整
「話は優雨丞から聞いたが、陽明町の方の様子をもう少し詳しく聞かせてもらっていいか」
志茂田隊長は画面に入ってくるなり本題に入った。重要な案件ととらえてくれたという事なのだろう。
「以前お見せした映像の状況からの進展はありません。むしろ悪化しています。自衛軍が建物を囲って抑え込もうとしているようですが、刺激されたフェロッソフがフェロドゥワームを放出して自衛軍の方にけが人が出ています。フェロちゃんによると、このままフェロッソフを刺激し続けるとフェロドゥワーム以上の危険な物が出てくるそうです」
「対応策はあるのか?」
「刺激せずに放置すればいいそうです。そうすればあそこから消えることは無くてもフェロドゥワームは出てこなくなるので、被害は無くなるそうです」
「…それだけか?」
「それだけです。なので、狼男側から自衛軍にそう伝えて欲しいと思って相談をしているんです」
志茂田隊長は背もたれに背中をもたせかけて、天井を仰いだ。
「優雨丞、出来ると思うか?」
「無理でしょうね」
志茂田隊長の横で、画面に半分ほど入っている優雨丞が即答した。
「話をしてみてもいいだろう、但し根拠が何もない。俺が上に話をしたところで、あんたから情報を貰ったとは口が裂けても言えない。軍としてもあやふやな情報を基に手を止めるよりは突き進んだ方が安心できるだろうから、止まらんだろう」
志茂田隊長は身体を戻すと、画面に向き直った。
「やはりそうですよね。こちらでも同じ反応でしたから」
その言葉を聞くと志茂田隊長の眉がピクリと動いた。
「サキュバスも俺たちも立場は変わらんということか…」
ふと志茂田隊長が身を乗り出した。
「そうだな、あんた達サキュバスが上層部をコントロールするって言うのは荒唐無稽な話になるのか?」
「もちろん、考えてはいますよ。しかし指令系統を乗っ取ることは出来てとしても、継続的なコントロールは出来ません。出来たところで軍の一部隊程度が限界です。仮に動いたとしてもその上からの指示には逆らえません。無理に動かせば反乱軍扱いされて終わると思いますよ」
「相変わらず西糖さんは手厳しいな…」
志茂田隊長は苦笑いを浮かべた。
「ええと、それでお願いがあるんですけど、実は私の名前、サキュバスとしては橘になっているんです。戸籍上この先もう西糖は使えないので、今後は橘ミチルでお願いします」
「おお、そうだったのか。まあ、そうだな。狼男も独立後は名前を変えざるを得ないから、同じようなものか…」
サキュバスは基本的に母親の姓を受け継ぐのだが、狼男は母親の元を離れた後、独立して狼男として別の姓を名乗る。例えばアナの姓は七本木だが、子供の優雨丞は狼男として佐賀の姓を名乗っていた。志茂田隊長はここでミチルもサキュバスになった後、同様に姓を変えたと解釈したのだった。
「そう言えば聞いていると思うが、こっちのフェロッソフが先日突然死んだ。死んだという言葉が正しいのかは解らんが、完全に崩壊してしまったようだ。それで今はその後始末に追われているわけなんだが、実は原因が解らん。まさかとは思うが、西糖…、いや橘さんだったな。橘さんの方で何か情報があれば教えて欲しいんだが」
「ああ、ごめんなさい。言い忘れてました。フェロちゃんが戻ってきた時に説明してくれたんですが、フェロちゃんが自分で壊したんだそうです」
「なんだと!」
「おい!」
画面の向こう側で狼男2人が同時に身を乗り出して声を上げた。
「簡単に言ってくれるな! 俺たちが手も足も出せず見守っているだけだった物を、一瞬で終わらせたと言うわけか!」
「ええと、フェロちゃんが1人で出来たわけじゃなくて、狼男が設備を壊してくれたので可能になったって言ってましたから。皆さんの助けがあって実現できたんですよ…」
ミチルはショックを受けている志茂田隊長と優雨丞を見て、申し訳なくなって狼男の活躍を強調したのだが、フォローになっているのかは甚だ疑問だった。
「…それじゃ。残り3基の電源設備を破壊したのもフェロちゃんってことなのか?」
「ごめんなさい、そうなります」
なぜか優雨丞にミチルが謝ってしまう。
「それなら、例の文明崩壊の件はどうなっているんだ。あれも放置しておくわけにはいかんだろう」
気を取り直して志茂田隊長がフェロちゃん対策の件を確認する。
「ああ、それならもう大丈夫です。フェロッソフが破壊されて、もうフェロちゃんからエネルギーを吸い出せなくなってますから。エネルギー省ももう手は出せない筈です」
「おいおい、そういう話は先にしてくれ。俺はまだ終わっていないと思ってたぞ」
「すみません、わたしも昨日フェロちゃんから聞いたばかりだったので…」
狼男とのネットワーク会議を終わらせたミチルは深いため息をついた。
まあ、解っていたことだ。とりあえずフェロちゃんと話をして、次の手を考えなくてはならない。
それと第三興商には素知らぬ顔で進捗の報告でもしてみよう。あそこから新しい情報が来るとは思えないが、どういう反応をするのか楽しみともいえる。
「それにしても本当に終わったんですね」
「そういう事のようだな」
ヨシダビルの会議室では、ミチルと会議を終えた後の志茂田隊長と優雨丞が対策を話していた。
「とりあえず優先事項はフェロッソフの処理ですが、陽明町から応援要請は来るんですかね」
「正面切っての要請は無いだろうな。自衛軍が出ている以上お抱えの狼男部隊があるから、そこで何とかしようとするだろう」
「それでもだめだったら…」
「まあ、そういう順番になるだろう。俺たちのバンは、さっきミチルさんが言っていたフェロドゥワーム以上の何かが出てきてからってことになるんだろう」
優雨丞は志茂田隊長の言葉を聞くと顔をしかめた。
「それにしても文明崩壊の対策が、まさか電源設備1基の破壊で終わるとは思いませんでしたね。あれって結局その前に色々やったこと、全て意味が無かったって事になるわけですね」
「ん? それはどういうことだ…」
「隊長は気が付かなかったんですか? その前にサキュバスと協力した調査も大学への侵入も必要なかったってことですよ。電源設備破壊でフェロちゃんが自己解決出来ちゃったんですよ」
「ああ、結果論だが確かにそういうことになるのか。ミチルさんの苦労も報われんな…」
優雨丞は志茂田隊長の深刻そうな顔を見ると、励ますように笑顔を見せた。
「まだ解りませんよ。陽明町の件もまだ終わっていませんし、これからまたサキュバスとの協力行動もあるかもしれません。それ以上にフェロちゃんからの情報が益々重要になると思いますよ」
「まあ、そうなるな。それより全員集めて経緯の報告をしておかないといかんな。優雨丞、30分後に第2会議室への全員招集を掛けておけ」
「了解です」




