フェロッソフの暴走4
「志茂田隊長、ちょっといいですか?」
フェロッソフの対応に追われている志茂田隊長を、優雨丞が小声で呼び止める。
「どうした、何かあったのか…」
優雨丞の様子に何かを察した志茂田隊長は、優雨丞と共に部屋の隅に移動した。
「ミチルさんから連絡が入っています。陽明町のフェロッソフの映像データを提供してくれるそうです。隊長以外には見せるなと…」
「何!」
志茂田隊長はその言葉に思わず声を上げ、眉を吊り上げた。慌てて周りの様子を確認するが、その声に反応した者は無さそうだ。
「どういう事なんだ、あそこは自衛軍が警戒して立ち入れない筈だ。ヘリまで出しているという話だぞ」
「その筈なんですが、上空からの映像で今日の朝方撮影したもののようです」
「解った、どこで確認できる…」
「俺のパソコンで見れますが、会議室に移動しましょう」
優雨丞は事務所から自分の席のパソコンを持ち出すと、3階の会議室に移動した。
パソコンの電源を入れ、ミチルから連絡のあったサーバーに繋ぎ、映像を再生する。
「これは…」
志茂田隊長は唸り声を上げた。
画面には倒壊した送電塔と、破壊された変電所の様子が鮮明に映っていた。地上に露出しているフェロッソフの本体と思われるもの。そしてその周りを蠢くフェロドゥワーム。それらを囲むように行動している自衛軍の兵士と重機類。
カメラはその様子を上空から回り込むように映し出していた。そして極めつけが時たま映りこむ自衛軍のヘリだった。明らかにヘリは周りを警戒して周回しているのだが、そのヘリからそう遠くない距離から撮影が行われていると思われた。
「これをミチルさんが送ってきたんだよな」
「そうです、おそらくミチルさん本人が撮影したものと思われます」
繰り返される映像を見ながら志茂田隊長が唸った。
「サキュバス恐るべしだな。この距離で自衛軍に察知されずに行動できるという事なのか。それもこれは真昼間の撮影だぞ」
「おそらくサキュバスと言うよりはミチルさんの特殊性でしょうね。彼女以外は日中の行動は出来ないと言ってましたから」
「そうだったな。確かにこれは俺たち以外に見せるわけにはいかんだろう」
「そうですね、俺たちを信用して送ってきてくれたわけですから。彼女としてもかなり危ない橋を渡っている自覚はあるはずです」
「うむ、映像から判断できることをまとめて今後の計画を立てることにしよう」
志茂田隊長と優雨丞はこの映像を誰にも見せないことを再確認すると、映像から判断できることを纏めることにした。
「ミチルったら、とんでもない物を撮ってきたのね」
ハナハナに戻ったダイニングでは、いつものように紅音が紅茶を淹れ、買ってきたばかりのイチゴのロールケーキを人数分用意した。
「本当だよ、これがバレたらとんでもないことになるよ」
ミチルのスマホの映像を見ながら、妖子さんがため息をついた。
「夜になるの待ってからみんなで動けばよかったのに」
紅音が紅茶をすすりながら、スマホを覗いて眉をしかめる。
「そうかもしれないけど、早い方がいいと思って。それに昼間出ないと見えないものもあるじゃない」
ミチルはロールケーキの一口分をフォークで千切ると、口に運んだ。
「どっちにしても大変なことだよ。それでこれ、狼男にも見せるのかい?」
「もう共有しました。夕方また会うことになってます」
ミチルは当たり前だという表情で、紅茶をカップを皿の上に戻す。
「あんたはねぇ。本当に世間知らずなんだか、怖いもの知らずなんだか…、あたしには理解できないよ」
「それにしても、話には聞いていたけど、フェロッソフって何か気持ち悪いわね。これ見てるとせっかくのケーキが不味くなっちゃうわ…」
紅音が自分のお皿に残っていた最後のケーキを口に放り込んだ。
「そこまで言うなら見なければいいのに…」
ミチルは頑張って撮ってきた映像に文句を言われているような気がして頬を膨らませる。
「それで、あんたはこの後どうしようと思っているんだい?」
ミチルは困ったような顔になった
「それが解らないんで困っているんです。それで狼男に相談っていうのもあるんです。実はフェロちゃんと連絡が取れなくなっていて、情報収集が上手く行かないんです」
「ええっ、それじゃミチルの仕事出来なくなっちゃうじゃないの?」
「あのね、フェロちゃん無しで出来ないわけじゃないのよ。ただハッキングまがいの事がわたしにできないだけ。普通に基本的なプログラムは出来るんだから大丈夫よ」
紅音は私の仕事、全部フェロちゃんにやってもらってたと思ってたって発言だぞ、これは。
「例のインターフェースが壊れたのかい?」
「それが解らないんです」
ミチルは妖子さんの言葉で、紅音の暴言から頭を切り替える。
「あのインターフェースって、実はどんなものか解らないので、故障なのかフェロちゃんの問題なのか区別できないんです。でもタイミング的にフェロッソフ設備の破壊直後なので、おそらくフェロちゃん自体に問題が出ているんだと思います。
「それで今後の事なんだが、毎回こうして、車の中で打合せではやりにくい。かといって最近うちも上に目を付けられているからな。サキュバスが出入りしているってことがバレたら大変なの事になる。どこかほかの場所を考えなければならんのだが…」
ミチルは今居る狼男のバンの中を見回した。荷物は載せたままだし、ノートパソコンを囲んで狼男2人とミチルが座っただけでいっぱいだった。
「それなら、やっぱりわたしのマンションですかね」
「それは不味いだろう」
優雨丞が即座に否定したのだが、ミチルは笑顔でそれに応えた。
「多分来月位には解約するので、それまでの間はいいですよ。問題になるとすれば妙な男達が出入りするようになったっていう近所の評判くらいでしょうし。狼男は普段でも目立ちますから」
以前、優雨丞と大地に来てもらった時にはまだ私物も多かったのだが、既に引き払う用意をしていて生活感は残っていない。今なら会議室として提供したところでさほど問題は無い。
「どうせなら今から行きますか? ここよりは落ち着くでしょうし」
「いいのか?」
「構いませんよ」
自分の家ならばこんな寒い車の中とは違って、熱いコーヒーも飲める。
というわけで話がまとまると、狼男のバンはミチルのマンションに向かうことになった。
暖房器具のスイッチを入れ、いつものようにダイニングのテーブルに座ってもらってコーヒーを淹れる。
カップも自前のお気に入りのもの、やっぱり落ち着く。
ダイニングの窓に掛かっているカーテンは以前のままだが、寝室のカーテンは取り外してハナハナの部屋に持って行ってしまった。
細々とした私物や仕事道具もほぼ残っていない。そういう意味では少しガランとしているが、こうして狼男を招いて話をするにはちょうど良い。
「コーヒーまで用意してもらって申し訳ない」
志茂田隊長は恐縮した。
女性の部屋に入るなど、何年ぶりだろうか。部屋の中に無駄な空間が目立つのは、引き払う準備をしているということなのだろう。
「いいえ、私が飲みたかったので気にしないでください」
ミチルはテーブルの上にノートパソコンを置き、一応フェロちゃんインターフェースも繋げた。もしかしたらと思ったのだが、フェロちゃんからの応答は無かった。
「映像は見てくれているんですよね」
「ああ、確認している。約束通り、見たのは俺と優雨丞だけで、それ以外には見せていない」
志茂田隊長は居住まいを正した。
「実は先に知らせておかなければならないことがある」
急に改まった志茂田隊長の様子にミチルは緊張する。
「俺たちが監視していた方のフェロッソフが昨日停止した」
「え? 停止、ですか?」
「そうだ、全部で4ヶ所の電源供給施設のうちの1つを、俺たちが破壊したのは知っているな」
「はい、そう聞いていますが…」
「ところがその後、何故かすべての電源供給設備が破壊されたのだ。当然フェロッソフへの電源供給が断たれ、結果としてフェロッソフは今停止状態にあるらしい」
「どういう事なんですか?」
「俺たちにも理由は解っていないが、既にトンネルの中は真っ暗になっている。今後どうなるかは全く解らない状態なんだ」
優雨丞が後を引き継いだ。




