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事故

 昨日、アナから今日戻るという内容のメールが入っていた。

 アナが居ない間、荷物が届いたり、なんだか良く解らない訪問者があったりもしたが、何とかごまかすことは出来た。

 しかし他のことが出来ないので、仕事だけは順調に進んだ。例の仕事も若干問題が出たようだが、リモート対応で済む範囲で事なきを得たので、良しとしよう。


 しかし問題はこれからだった。未千流みちるがサキュバスになって、今後の生活がどう変化するか未知数のため、新規の仕事を受注しにくくなってしまっていた。





「どう? フェロモンの制御は巧く出来るようになった?」

「一応かなり巧くなったとは思うけど。今も出て無いでしょ」

「ふーん、確かにね」


 アナは帰って来るや否や、フェロモン制御の確認をした。まあ、メールで生活状況は大丈夫だと伝えておいたので、一番気になる点はやはりフェロモンのことだったのだろう。


「お腹空いたんだけど、何かある?」

「トーストとかなら…」

「それでいいわ」


 コートを取ったアナの服装は、大きな白い襟のついた薄い緑色のワンピース。ロングヘアをハーフアップに緑色のリボンでまとめているところがちょっと清楚なお嬢様っぽい。

 それに対し、未千流はと言うと、相変わらずのジーンズに何だか良く判らない英語のロゴが入ったサーモンピンクのスウェット、とてもラフである。


「ふーん、アナっていつもはそんな恰好なんだ」

「何か言いたいわけ?」

 ジロリと睨むアナ。


「いや、だって。あっちのエロい衣装しか知らなかったんだから…、ね」

 未千流の意味ありげな笑顔に、アナはちょっと眉を寄せる。


「エロいは、余計よ。機能を追求した結果、ああなってるだけなんだから」




「ホント、酷い目にあったわよ」

 ママレードを塗ったトーストをかじりながら、アナが愚痴をこぼす。


「ギルドに寄って来たんだけど。未千流のことで質問攻めよ。聞かれたって解かるわけないって言ってるのに」


「わたしのこと?」


「そう、仕方ないんだけどね、前例無いみたいだし。それより、未千流が飲んじゃったポーション、あっちが大問題なのよ」


「えっ、あれってやっぱりマズかったわけ?」


 アナはコーヒーカップを置いた。

「そんなことより、未千流。きちんとフェロモン制御出来てるのよね。今から準備して出掛けるわよ」


 アナの話は今回も唐突だった。未千流の話など聞いていない。


「出掛けるって、どこへ?」

「何言ってるの、ギルドに決まってるでしょ。未千流のこと調べなきゃいけないんだから」


 そんなことを急に言われても…。


「…でもどうやって行くの?」


「タクシー呼ぶわ、無人の自動運転タクシーなら問題ないから」


「ああ、確かにそれなら…」

「じゃあ、これで話は決まったわね。それじゃ未千流は念のためシャワー浴びて着替えてきて」


 あああ、朝起きて直ぐシャワー浴びたし、今日はもう2度目だとげんなりする未千流。仕方ないけど。


「2、3日お泊りになると思うから、そのつもりで準備して」


 アナによると、数日泊りがけで様子を見なければいけないらしい。


 未千流が着替えて、洗濯機を乾燥までセット。何だかんだで出かける準備をして、やっと落ち着く。その間のアナはと言う、とのんびりとスマホのゲームをしていた。


「あら、未千流もおめかしなのね」

「何それ、嫌味?」

「そんなこと無いわよ、未千流可愛いわよ」


 どんな所へ行くのかわからないので、未千流もアイラインを引いて軽く化粧くらいはしておいた。ゆったりしたベージュのパンツに紺色のニットなので、よほどのことが無ければ浮くことは無いだろう。


 そうこうしている内にアナの携帯に着信があった。タクシーが到着したらしい。



 キャリーバックを持ってマンションのエントランスを出ると、玄関前に停車している黒いタクシーから運転手が降りて来た。…運転手!


「…、どういうことなの。頼んだのは無人の筈よ。有人なんて頼んでないわよ!」

 アナは露骨に嫌な顔をする。どうやら無人運転のタクシーを頼んだのに、有人のタクシーが来てしまったらしい。


「おかしいですね、連絡は行ってるはずですよ。無人は出払っていて配車できないので、代わりに有人が向かうと…」

 人の好さそうな、初老の運転手が困った顔をしている。


「何言ってるの、連絡どうこうじゃないのよ。あたしは無人を手配してって言ったのよ」

 アナは携帯のメールを確認する素振りすら見せない。


「いやぁ、困りましたね。こちらの都合ですので料金は無人と同一料金で構わないと確認していますし。申し訳無いのですが、無人が配車できない場合には有人で対応することはフォームに書かれておりまして…」

 チッと舌打ちをして露骨に嫌な顔をするアナだが、運転手は意に留めていないかのように続ける。


「こういった形で、配車後のキャンセルですと、ここまでの往復料金をキャンセル料として頂くことになってしまうんですよ。このまま利用していただいた方が良いと思いますよ。こういったこともたまにあるんですが、皆さん納得して利用していただいております」


 アナは少し離れた場所で待機している未千流を振り返り、タクシーから離れた。


「…行けると思う?」

「…多分大丈夫だと思う。昨日も一日中ちゃんと制御出来てたから」

 未千流の顔は青白く緊張の表情になっている。


「それで、今から無人の再配車はできないの?」


「…本社に確認してみましょうか、では、少しお待ちください」

 それでもアナが頑なに無人を要求するので、運転手はタクシーに戻って無線でやり取りを始めた。


「やはり、今日は難しいようです、今他の会社にも確認してもらっていますが、運悪く長距離での運用が入っていて、戻りの確約が出来ないそうなんですよ」

 そうこう話をしていると、タクシーの中から無線の呼び出しがあった。


「申し訳ありません、他の会社も同様だそうです。お詫びに料金20%引いてよいとのことですから、このままご利用になった方が良いかと思いますよ」

 運転手は申し訳なさそうにそう言った。


 アナが難しい顔をして未千流を見る。未千流は緊張した面持ちでタクシーに寄ってきた。

「きっと大丈夫よ、落ち着いているし。1時間も掛かるわけじゃないんでしょ」


「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 タクシーの運転手は申し訳なさそうに未千流に頭を下げた。

 運転手はトランクを開け、未千流とアナの荷物を載せると、後ろのドアを開けた。


堂々町(どうどうまち)駅前で良いんでしたね」

 運転手は目的地を確認する。


「北口のロータリーをお願いするわ。…少し熱いから、窓開けてもらっていいかしら」


「暖房効きすぎていますか? 温度を少し下げましょうか?」

「いいえ、相方が車に弱いのよ。だから窓を少し開けてもらった方がいいわ」


 アナの話から未千流が乗り物酔いしやすいと判断したのだろう。運転手は後席の窓を開けると、慎重にタクシーを発進させた。


「寒かったら言ってくださいね」

「ありがとう」


「少し目を閉じているから」

 未千流は蒼い顔で、身体の力を抜いてドアにより掛かる。呼吸法を思い出して、気持ちを安定させた。

 アナが気遣って未千流の手を握ると、指先が冷たくなっていた。緊張で末端の血流が悪くなっている。


 運転手が無駄な話を振る事も無く、静かにタクシーは郊外の畑の中の道を進んでいた。


 未千流は薄目を開け、道程を確認しようと身体を起こした。体温が上がっているのだろうか? 脂汗が滲んでいる。熱い!


「未千流?」

 未千流の呼吸が荒くなり、さっきまで青かった顔が赤くなっている。


「未千流、大丈夫なの? 運転手さん…」

 アナは一度車を止めてもらおうと運転手に声を掛けた。


 その瞬間、音の無い音がして未千流の全身からフェロモンが噴出し、あっという間に車内に充満する。


「お客さん、大丈夫ですか?」

 運転手がルームミラーを見ながら、速度を落とした。が、間に合わなかった。


 タクシーが傾いたかと思うと衝撃が走り、アナも未千流も前の席のシートに叩きつけられた。

 車内に火薬の匂いと白煙が充満し、エアバッグが作動していた。


「うう…」

 アナが唸りながら顔を上げると、目の前に紅潮した運転手の顔がのぞいていた。口元は緩み、よだれが垂れている。


「お客さ~ん、怪我はありませんかぁ~」

 運転手はシートを乗り越え、ぐったりしている未千流の方ににじり寄っていく。


 瞬間、アナの目は緑色に燃えて髪はピンクに染まり、その鋭い爪が運転手の肩を掴んで引き寄せた。アナが首筋に噛みつくと運転手は軽く痙攣してぐらりと崩れ落ちる。

 やがてアナは運転手を放してピンクに燃える唇を手の甲で拭った。

 ビシッと甲高い音がして、アナの尻尾が運転手の腹に突き刺さる。


「静かに眠っていなさい」

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