フェロッソフの暴走2
陽明町にある変電所の周辺は物々しい雰囲気に包まれていた。
現在は使用されていない古い変電所で事故が起こり、50メートル近い高さの送電塔が倒れたのだ。
送電塔は道路を超えて、隣の敷地にかけて倒れこんだため、近くの道路が封鎖されるなど目に見える形で周りへの影響が広がっていた。
その鉄塔が倒壊する様子はかなり遠くからも見る事が出来たため、たまたま撮影された映像が動画サイトで拡散されたことから、取材の報道陣以外にも物見雄山の野次馬が集まりごった返すという有様になっていた。
警官の他に自衛軍までが出動し、それらの人々を押し返す形でバリケードが張られ、更に防護壁が建設されて内部が隠されると、逆に被害が大きいのではないかと噂が広がる結果となった。
更に報道のヘリを自衛軍のヘリが追い払うという様子がSNSで拡散されると、非常事態であることが確定情報のように流されるようになってしまった。
その後のマスコミに向けた公式の発表では、変電所の地下に戦時中に放置された化学薬品のタンクが腐食により破壊され、タンク内の化学薬品が漏れて危険な状態であること。自衛軍の化学処理部隊が処理にあたっているが、対応に時間がかかっていると説明された。
広範囲への影響が危惧されているので封鎖エリアには近づくことの無いようにという事であった。
この発表を見る限りでは過去に放置された化学兵器の事故と思えるのだが、現場の様子はそれに見合わない様相を呈していた。
塀の内部で重機が動いているのは当然としても、それらの重機に交じって複数の自衛軍の装甲車両が出入りしているのだった。化学処理部隊とは全く関係ない車両であるとの噂が流れ、明らかに兵装を装備した車両を見たという話も出回るようになっていた。
上空の飛行も制限されたまま、常に自衛軍のヘリが警戒しているのもその異常事態を表している。
時折緊急車両が赤色灯を灯して走り去るのも目撃されており、内部の処理が順調に進んでいないことを証明しているかのようだった。
「陽明町の方は大変なことになっているようですね」
「そうだな、関わらずに済んだのは助かってはいるが。あれ以降、新たな状況の連絡と言うものが一切こない」
「フェロッソフが地上に出ているのは確かなようですよ。怪しい光を見たという情報が出ていますね。動画で撮影されたものもあるようですから」
志茂田隊長と優雨丞、陸駆の3人が指令室のモニターを見ながら陽明町の確認をしているところへ、耶麻人が報告に入ってきた。
「その後、こっちのフェロッソフに変化は無いか?」
耶麻人の顔を見ると志茂田隊長が間髪を入れず確認をする。
「状況は相変わらずです、広場の温度がさらに上がっている以外に変化は無いので、結構暇を持て余しているようです。緊張感が緩んでいるのが気になるところです」
耶麻人が陽明町の地下の様子が映っているモニターを覗くと、そこに狼男の部隊は無く、自衛軍が回されている様子も無い。前以上に毒々しい色を放つフェロッソフだけが映っていた。
「それにしても、陽明町の地下は自衛軍にも知らせていないんですかね」
「とにかく内密にしておきたいんだろうよ。トンネルの様子を見たら大騒ぎになるだろうからな」
「…ですね」
優雨丞がそう言いながらスマホを取り出す様子を見て、志茂田隊長が思い出したように確認をした。
「ミチルさんからの連絡はまだ無いのか?」
「相変わらずフェロちゃんと連絡が取れないそうです」
「そうか、俺たちの情報は彼女が頼りだったからな…」
「今回の責任は彼女に有るわけですよね。そもそもあのフェロちゃんって言うAIが私は信用できない」
耶麻人がここぞとばかりに不信感を露わにした。
「そうとは言えん。元々彼女は電力供給を1ヶ所妨害して状況を見ようと言ってきた筈だ。それを完全破壊したのはお前だったよな」
「いや、それは…」
言い訳をしようとする耶麻人を志茂田隊長は厳しい口調で窘める。
「今責任どうこうの話を憶測でしたところで意味は無い。それよりこれからどうするかだ。今でもフェロッソフの情報に一番詳しいのが彼女であることに変わりはない。仮に彼女が判断ミスをしたとしてもそこを追求するのではなく、原因を探って次の一手をどうするかが重要だ。その判断をするときに彼女の知識が必要なのに変わりはない」
「そうでした、不用意な発言をして申し訳ありませんでした」
志茂田隊長は立ち上がって耶麻人の肩に手を置いた。
「今は皆疲れている、まとめ役のお前が不安になれば皆が不安になるだけだぞ」
「気を付けます」
指令室の電話がなり、陸駆が受話器を取った。
「隊長! 緊急事態のようです」
「どうした!」
指令室に緊張が走る。
「うちで把握しているフェロッソフ関連の電源設備が全てダウンしたそうです」
「なんだと!?」
志茂田隊長の顔が険しさを増した。
「外部から物理的に破壊された様子は無いようですが、電源供給がすべて絶たれたそうです。一部の設備からは煙が上がっているという話です」
「そっちの設備は後で確認すればいい、全員緊急出動。指揮は耶麻人、陸駆はそのままモニターチェックして報告。優雨丞はミチルさんに連絡を取ってみてくれ、何か情報があるかもしれん」
ヨシダビルに緊急事態を知らせる警報が鳴り、志茂田隊長と優雨丞、陸駆の3人を残して全員が一斉に対フェロドゥワーム装備で地下に向かった。
「フェロッソフのの様子はどうだ」
「今のところ変化は、あ、ちょっと待ってください。フェロドゥワームの動きが無くなってきています」
志茂田隊長が画面を覗くと、確かに先程まで活発に動いていたフェロドゥワームが静かになっているように見えた。
画面が暗くなっている。いや、フェロッソフの光が弱まっている。
「おい、これは…」
「電源供給が止まった影響ですかね」
「かもしれん…」
2人が見守る画面の内部の明るさがどんどん暗くなっていった。その闇の中で遠くにちらちらと動く白い小さな光点が見えるようになってきた。狼男が携帯しているライトである。
「耶麻人、現状を報告しろ」
志茂田隊長がインカムのマイクに呼びかけると、すぐに耶麻人から返答があった。
「フェロッソフの光がほぼ無くなっています。チューブの明かりも無くなっているのでトンネルも真っ暗になっています。これからフェロッソフに近づいて確認してみます…」
「いやまだ待て、先にフェロッソフに向けて光弾を打ってみて反応を確認してみろ」
「了解です」
間もなく、画面の中を白い光弾が横切っていくのが確認できた。光弾はフェロッソフの直前に着弾すると暫く白く輝き、フェロッソフの姿を浮かび上がらせた。しかしその巨体に反応は無い。
その周りに無数のフェロドゥワームも見えるが、どれも動きは無い。
反対側からも同じような光弾が打ち込まれた。ヤマダ部隊も反対側から様子を窺っているようだ。
「トンネル内のパイプの様子はどうだ?」
「こちらも既に光っていませんね。触ると冷えてきているように感じます」
「わかった、これ以上進む必要は無いだろう。念のため5人ほど残して後は撤退させろ。この後の行動はヤマダと協議のうえで決める」
「解りました。では5人を残して引き上げます」
志茂田隊長は画面に目を向けたまま一歩下がって腰を伸ばした。
希望的な観測だが、終わったのかもしれない。
志茂田隊長が内線の電話に手を伸ばそうとしたその時、その電話のベルが鳴った。
ヤマダの網島からだった。




