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迎えた朝

 アナは帰ってきてシャワーを浴びると、疲れたと言って直ぐに寝てしまった。


 一方の未千流みちるの方はというと、リビングに置いてあるパソコンに向かったまま、まんじりともせず朝を迎えた。

 あんなことがあった後で寝れるわけがないと思ったのだが、実際にはアナのエネルギーを未千流が吸い取ったため、元気になっているというのが真相らしい。


 仕方が無いので、昨日納品したプログラムの再確認をしてから、請求書を作成。何らかのチェック漏れは覚悟していたのだが、未だに連絡が無いところを見ると無事終了したのかもしれない。そうあってほしいものだ。


 別件で請け負っていた、企業内の業務用プログラムの仕様書をチェックする。一見纏まっているように見えるが、穴だらけなのはいつものこと。チェックシートを作成してメールで送りつけた。


「わたし、サキュバスになったんだよね。なんでこんなところでこんな仕事してるんだろう…」

 疑問が頭を持ち上げる。そもそもサキュバスになると何が変わるんだろう? 昨日のアナの狩りの様子を見たけど、あれを私もやるんだろうか? 絶対に無理だ!




 壁時計を見ると、もうすぐお昼。お腹が空いた。


 寝室のドアを開けると、未千流のベッドの中でアナが気持ちよさそうに寝息を立てている。


「アナ、お昼はどうする? 一緒に食べる…」


 未千流が声を掛けると、アナは少しだけ身じろぎをして薄目を開けた。布団の下から覗くパジャマは、未千流のピンクのパジャマである。


「……今何時?」

「もうお昼だよ。カップラーメンでいい?」


「…他のがいい」

 アナはとても眠そうな声を出す。


 何、この馴染み方。昨日会ったばかりにしてはちょっと図々しいのではないかとも思うが、アナの小さな子供のような仕草を見て未千流はため息をついた。


「なら、目玉焼きにご飯」

「…それでお願い」

 寝ぼけ眼のアナは、了承したとでもいうようにぎこちなく片手を持ち上げた。


 わたし一体何してるんだろう? そう思いながら2人分の目玉焼きを焼く未千流。パックのご飯をレンジで温め、だしを取って豆腐と小松菜のみそ汁を用意する。


 ダイニングのテーブルに食事を並べていると、アナが目を擦りながら起きてきた。

「顔洗って、目を覚ましてから!」

「わかったわ」


 アナはトボトボと脱衣場に向かって、カチャリとドアを開けた。




「ギルドに連絡入れてみたけど、未千流みたいに突然サキュバスになったって例は無いみたいね」

 アナは目玉焼きの黄身と白身を器用に箸で分けると、白身の方を口に運ぶ。

 そんなアナを見ながら未千流はいつの間にそんな連絡をしたのだろうと訝しむ。ずっと寝ていたと思っていたのに。


「とにかく一度確認したいから、連れてきてって言ってたわ。本当に迷惑なのよね。あたしが被害者なのに、なんで未千流の面倒見なくちゃいけないのかしら」


「被害者は無いでしょ。とばっちりはわたしじゃない。変なドリンク剤飲まして、サキュバスにしたのはアナの方なんだから」

「飲ましたんじゃなくて、未千流が勝手に飲んだの! 言いがかりは止めてよね。あたしの唇まで奪っといて」


 売り言葉に買い言葉である。そもそもサキュバスが唇を奪われたくらいの事を気にするなと言いたい!

 そう思ってアナの顔を見ると、アナがにやにやしていた。未千流の反応を見て面白がっていたようだ。



「それはそうとして、このままじゃ外に出れないから、少しはフェロモンをコントロールする方法を学んだ方がいいと思うのよね」

「そんなことできるの?」


「うーん、出来るかどうかは判らないけど、コツならあるわ」

 藁にもすがりたい所の未千流である。試せるものは試しておきたい。


「じゃあ、さっさと食事を済ませて始めましょう」


 2人で食器をキッチンに運び、未千流が手早く洗い物を終わらせる。




「寝室のクローゼットのところがいいわ」


 アナは寝室のドアを開けた。既に未千流の家のレイアウトは把握されているようだ。


「未千流は鏡の前に立って」

 寝室のクローゼットの扉は、1枚が全面鏡になっていて、全身を確認が出来る。鏡の中の未千流はゆったりした浅葱色のスウェットの室内着、アナはピンクのパジャマのままだ。こうして見ると一回り小さなアナは未千流の妹のように見える。


「未千流の目には今もサキュバス光が見えるわね、あたしの目の中には無いでしょ」

 そう言われてみれば、帰宅してからのアナの目には緑色の光が無かったような気がする。狩りの時のピンク色の髪もいつの間にか栗色に戻っている。


「フェロモン、少し出してみるわね」

 アナの目の中に緑色の炎が燃え上がる、サキュバス光である。


「こんな風にフェロモンを出している間は、目の中にサキュバス光が見えるの。だから未千流もフェロモンを抑えている状態を自分の目で確認して、それがどんな感じなのかを知れば少しは調整できると思うのよ」


 アナが言いたいことは解るがそもそもコントロールする方法が解らない。


「それって、抑えている状態を知らないと無理なんじゃないの?」

「だからそれを今からやってみるのよ。鏡見てて」


 アナは未千流の下腹部に右手を当てた。未千流は突然のことに、思わず身をよじるが、アナは未千流が動けないように反対の手で腰を押さえつけた。


「動かないで! ちょっと変な感じすると思うけど我慢して」


 アナが手を当てていると、その手の周りがだんだん熱くなってきた。それとともに下腹部が段々ムズムズしてくる。お腹の中に何か虫がいて、動き回っているような、そんな気持ちが悪い感じだった。

 しばらくするとそのムズムズたちが、お腹の中心に集まって重みに変わってくる。逆に胸の中が軽くなって自然と呼吸が深く楽になってきた。


「どう? 光が消えて来たでしょ、今のこの状態を自分で再現できれば、フェロモンをコントロール出来るという事になるのよ」


 確かに、目の中の緑色の光は小さく暗くなっていた。


 アナが手を遠ざけると、お腹の中の重みがゆっくりと全身に散っていき、サキュバス光も元に戻って行く。


「もう一度やるわよ」


 アナがそう言ってもう一度未千流のお腹に手を当てると、お腹の重さも戻って来た。さっきよりムズムズする感じは少なく、自然に重さが集まってくるようだ。


「強くしたり、弱くしたりするから、未千流はそれに意識を集中させて」



 10分程続けただろうか。その感覚に慣れてくると、それは呼吸しているのと同様に自然な行動として感じられるようになっていた。


「…これ、知ってる気がする」


「え、それってどういうこと?」

 アナが少し怪訝な顔になる。


「子供の時に拳法を習っていたんだけど、師匠が呼吸法と体軸の整え方って言うのを教えてくれたのよ。何かそれに似てる気がするのよ」


 未千流はは鏡を見ながら深呼吸をした。

「ちょっとやってみるね」


 未千流は昔教わった体軸の整え方を思い出す。そして今しがた経験したばかりの、お腹の重みを重ね合わせるようなイメージを作り上げた。呼吸をゆっくり繰り返しているうちに確実に鏡の中に見えているサキュバス光は、暗くなっていった。


「あら、出来ちゃったわね」

 拍子抜けしたようなアナだったが、未千流が気を緩めると直ぐにサキュバス光は元の強さに戻ってしまう。これをそのまま維持するのは大変そうだった。


「そう言えば、瞑想とか座禅が効果的とかいう話も聞いたことあったけど、拳法ね。そういうのもあるのね。でもよかったわ、実際には1週間や2週間でどうこうできるようなものじゃないのよ」


 未千流はアナの言葉から、今の状況が簡単に解決できることでは無い事を再確認せざるを得なかった。

 この先どうなるのだろう?

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