狼男3
飲み物を持って戻って来た陸駆がコーヒーを置いたタイミングで、未千流が口を開いた。ここまで会話を控えるようにしてきたが、この件だけは聞いておかずにはいれなかった。
「ところで、あのトンネルって何なんですか? アナから地下鉄跡って聞いてたんですけど」
隊長と優雨丞は顔を見合わせる。
「オレたちも正直、何も解っちゃいない。ただ変なパイプがはびこってて、一番奥にフェロッソフと呼ばれるヤバいものが在るってことくらいだ。奥の広場は見たんだよな」
「変な色に光ってる気持ちの悪いものが在る所ですよね」
「2度と近づきたくないわよ」
未千流とアナが嫌そうな顔をする。
「そこまで知っているなら話は早い、オレたちはここであれの監視をしているんだよ」
「隊長、そんなこと言っちゃっていいんですか。オレは知りませんよ」
優雨丞は慌てた様子だったが、隊長は全く気にしていない。
「ここまで見られちゃったんじゃしょうがないだろうが。後のことは上が決めるさ」
その時部屋の電話が鳴ったので優雨丞が立ち上がって受話器を取り、2、3言のやり取りの後隊長に替わった。
「やはりお嬢さん方にトンネル内を見られたのが問題になっているらしいな。仕方ないが。今サキュバスの上の方と調整中なんだそうだ。だからしばらく待機してろってことになってるらしい」
隊長は元の椅子に座り直した。
「これはまだ時間が掛かりそうだから、もう少し説明しておこう。まず、お嬢さん方を追ってきていた、あの気持ちの悪いデカ虫だが。あれはフェロドゥワームと呼ばれていて、時折奥の広場からこちら側に出てくる。襲われると粘液でからめとられて、動きが取れなくなちまう。捕まった人間がその後どうなるのかは神のみぞ知ると言ったところだ」
そこまで説明した志茂田隊長は冷たいコーヒーのグラスをを手に取り、一気に半分ほど飲み干した。
「しかし奴らの身体は大して硬くもないから、何らかの武器で攻撃すれば撃退は可能だが、問題は奴らの体液だ。皮膚が破れると、ものすごい強酸の体液が噴き出す。それを浴びればオレたち狼男であってもタダじゃぁすまない」
言葉の意味が2人に伝わったことを確認するように、隊長は一度言葉を切った。
「狼男が普通の人間より遥かに丈夫だってことは知っているな。そのオレたちでも持て余している相手だ。あんたらサキュバスが直接手を出せば、その場でお陀仏になるってことだ」
アナはあの時には爪で撃退しようとしていた。未千流はアナが手を出していたらと考えてぞっとした。
「ただし奴らが光を嫌がることが判っているから、ああして強力な光で奥へ追いやるっていう方法を取っているわけだ。対処療法としか思えないが、今はそれしか手立てが無い」
「…それって、過去に捕まった人間が居るっていう意味よね」
アナは眉をひそめる。
「まあ、そういう事になるな。ただし今はトンネル全体は封鎖してあるからネズミが紛れ込むことも無い。…筈だったんだが、それでも例外は発生するもんだ」
「…ごめんなさい」
未千流は思わず謝る。
「そこは無事だったんだから気にするな。今はここの研究を進めているんで、今後ば根本的な対策が出来るだろうという話になってる」
「そのフェロッソフとかって、実害はあるの?」
「今のところは被害などは出ていない、と聞いている。しかし本当のところは判らん」
アナの質問に答えた隊長は渋い顔だった。
なる程、と未千流は思った。さっきの軍服、ああいう上の奴らって、きっと現場には情報を流したがらない。それを隊長は危惧しているのだろう。
「とにかく危険な場所なのは間違いない。今は体力バカのオレたち狼男が見張っているが、そのうちサキュバスのお嬢さん方にも、何らかの助力要請が行くかもしれん。それまでは忘れていてくれ」
隊長はこれで終わりというように、パンと膝を叩いて立ち上がる。
「そう言えば優雨丞、アナに会うのは何年ぶりなんだ」
「…5年位ですか」
「なら積もる話もあるだろう、オレは席を外すぞ」
困惑している優雨丞に対して、アナは明らかに不機嫌な表情になって立ち上がった。
「余計な気を回さないで欲しいわ、行きましょ未千流」
って言われたところで、ここは狼男の基地の中だ。未千流はどうしたものかとアナと優雨丞の顔を交互に見比べた。
そんな様子を見て噴き出したのは、隊長だった。
「お前たち本当にからかい甲斐があるな。冗談に決まっているだろう。オレは上の様子を確認しに行ってくる。放っておくと堂々巡りで纏まるものも纏まらなくなるからな。後は優雨丞に任せるぞ」
隊長は優雨丞の肩をポンと叩くと、部屋の外に出ていった
アナはムッとした表情のまま、大きな音を立てて椅子に座り直し、これ見よがしに足を組みなおす。
「任せると言うのはいい言葉だな。陸駆、オレはこの後どうすればいいと思う」
優雨丞は陸駆に助けを求めた。
「それならオレたちもシャワー浴びて着替えた方が良くないですか? レディーを前にして汗くさいのは良くないと思いますよ」
陸駆が立ち上がる。
「解った、そうしよう。ここは別の奴に任せて、オレたちも着替えに行くぞ」
2人とも立ち上がってドアに向かうが、優雨丞が急に立ち止まって振り返る。
「腹減ってないか? シャワーを使う前にピザを頼んでおこう。アナはトリプルチーズでいいよな。未千流ちゃんは何が好みだ?」
「なんであたしにはそれなのよ」
アナがムッとした表情のまま、小さくつぶやく。
「おや、好み変わったのか?」
「そうじゃないけど、…少しは気を使いなさいよ」
「あ、それならわたしはシーフードが好いかな…」
アナの様子に、ちょっと気後れしながら未千流は自分の分を伝えた。
「オーケー。あ、それとトイレはそこのドアを出て左だ。申し訳ないが女性用は無いから、使う時は一緒に行って交代で使ってくれ」
「わ・か・り・ま・し・た!」
アナはブンむくれである!
2人と入れ替わりに別の狼男が入って来ると、アナはつかつかと歩み寄った。いきなり物凄い形相のサキュバスに睨まれた狼男は意味も解らずたじろぐ。
「トイレ!」
アナはその狼男を睨んで怒鳴りつけた。
その時の狼男の情けない表情は決して忘れられないだろう、と未千流は思った。
優雨丞と陸駆がさっぱりした顔をして、ピザを携えて戻ってきたときには、アナの機嫌もすっかり直っていた。
可哀そうなのは代わりに呼ばれた狼男で、2人が戻ってくると逃げるように部屋を出て行った。
「あいつらどうしたんだ?」
不思議そうに優雨丞がアナに尋ねた。
「さあ、トイレでも我慢してたんじゃないの…」
全く笑えない冗談だと未千流は思った。
すっかり緊張感も無くなり、ピザを摘まむサキュバスと狼男の4人だったが、未千流はアナが狼男を毛嫌いしていた様子を思い出して、とても不思議な気がしていた。
少なくとも、ここに居る狼男がサキュバスに対し、敵意を持っている様子は感じられない。男子校と女子校の学生が、お互いを意識して距離を置いているような感じなのだろうか?
狼男がサキュバスの雄という言葉も気になったが、ここで聞くわけにはいかないのだろう。
未千流は会話の様子から、優雨丞とアナが一緒に生活していたのであろうことは感じ取っていた。恋人と言う雰囲気ではない、恐らく姉弟なのだろうと察せられた。優雨丞の態度が弟の陽大を思い出させたのだ。
「それにしても、さっきは何であんないいタイミングで現れたわけ?」
「ああ、それな。トンネルの中に繋がっている部屋覚えてるか? あそこにパイプと繋がった計測器があったのに気が付いたか」
「何となくだけど…」
「トンネルの中で何か異変があると警報が鳴るようになってるんだ。さっきも警報が出たんで、確認に行ったんだ。それが無かったら2人とも危なかったろうよ」
優雨丞はピザを齧りながら、何事も無かったかのように説明をしたのだが、未千流はその言葉を聞いて首筋にぞくっと嫌なものを感じた。
その後、隊長が戻って来て、トンネル内の情報を口外しないという条件で解放されることになった。口約束がどこまで守られるかは判らないので、建前という事なのだろう。
2人の解放にあたって、この狼男のアジトの場所が問題となった。そのまま2人を外に出せば結果的にアジトの場所が判明してしまう。狼男的には絶対に知られたくない情報のようだった。
経緯はわからないが優雨丞が車で2人を車で送ることになった。
用意された車は一般的に使われる商用のバンで、窓には目隠しのカーテンが貼られていた。外が見えなければ、ギルドの正確な位置が判らないだろうという理屈だ。
GPSで場所を確認できないようにスマホの電源も切り、到着まで預けることになった。




