狼男2
2人が案内された部屋では3人の狼男が待機していた。
いずれの狼男も筋肉質で一般的な男性よりかなり体格がいい。トンネル内でも感じていたが、こうして明るいところで見ると大男ぞろいでかなりの威圧感を感じる。
部屋には会議用のテーブルと椅子にホワイトボード。照明も明るく、こんな状況でなければ今から仕事の打ち合わせを始めます、と言われても納得できそうな場所だった。
椅子に腰掛けている狼男が2人。1人は軍服のような服を着ており、明らかに他の狼男とは雰囲気が違う。その後ろに、若い狼男が1人立っている。
その他に案内をしてきた狼男がドアの横に立つ。総勢4人でサキュバスを警戒する体制のようだ。
軍服以外の3人はツナギの作業服。先程トンネルの中を走り回っていた時のままのようだ。
当然だが歓迎されている雰囲気は一切ない。
未千流は予備のジーンズとTシャツに着替えていたが、アナの方は外出用に持ってきた荷物ではなかったので、着替えの予備は無い。仕方が無いので未千流が部屋着用にと持ってきたローズピンクのスウェット、場違い感が甚だしい。
「何でここに優雨丞が居るの…」
突然アナが後ろに立っていた狼男を睨みつけた。
「そんな怖い顔をするな、さっきもあそこに居ただろう」
睨まれた狼男は低い声で答えた。
えっ、と驚いて周りを見回した未千流だったが、今のやり取りに驚いているのは、どうやら未千流だけのようだった。
「…何、知り合いなの」
「まあね…」
アナは曖昧に答える。
「まあ、座りなさい」
軍服の隣の狼男が向かいの席に座るように促した。
臭いからシャワーを使えと言った狼男だ。体格もここに居る狼男の中でも一番、おそらく今ここで指揮を執っているのはこの狼男だ。しかし先程までの威勢の良さが影を潜めているのは、隣に座っている軍服に気を使っているのだろうか?
「それで、なぜサキュバスの君たちがトンネルの中に居たんだ?」
会話を続ける狼男の隣で、黙ったままアナと未千流を観察してい軍服の狼男ががとても不気味だ。値踏みをされているかのようだ。
「トンネルには迷い込んだだけよ、出口を探してたらここまで来ちゃっただけ。ただそれだけよ」
アナが未千流の手を握ったが、安心させようとしているのか、黙っていろと言う意味なのかは判らない。
「何よこの変なところ、そもそも何でここに狼男がアジトを張ってるわけ? こっちが説明を聞きたいところだわ」
「それはおかしいな、このトンネルは閉鎖されていて、外部から入る入り口は無いはず。間違って入れるような場所じゃないんだよ」
狼男が眉間にしわを寄せ、疑うような表情で右手を顎に当てる。
「何言ってるの、普通に入って来れたわよ。鍵も掛かって無かったし、ね」
未千流は急に話を振られて冷や汗が出る。でも焦る必要は無い、ここではフェロモンは問題にならないはずなのだ。
「え、ええ。鍵は掛かってませんでしたよ」
質問をしてきた狼男はちらりと、軍服に目をやるが反応は無い。
その時アナが優雨丞と呼んでいた狼男が、かすかに身じろぎをした。優雨丞はアナの目をじっと見ている。
「隊長、恐らくこの話は本当です。オレもその入り口を知っていますから」
今まで質問をしていた隊長と呼ばれた狼男が身体を捻り、後ろに立っている優雨丞の顔を仰ぎ見た。
「それはどういうことだ」
「陽明町にある神社に、このトンネルに続く入り口があるのです。わたしも子供の時にそこに居るアナと一緒に入ったことがあります。おそらくそこのことでしょう」
「そんな所に入り口があるという話など聞いたことが無いぞ。そうだとしてもなぜわざわざ危険を犯してまでここまで来たというのだ」
「それはわたしには解らないので、そこに居るアナに説明してもらいましょう」
優雨丞はアナから目を逸らさない。
「あたしたちは堂々町のギルドに行く途中だったの。どうせサキュバスギルドの存在は知ってるんでしょ」
狼男はアナの言葉に対し知っているとも知らないとも答えないので、アナは肩をすくめて話を続けた。
「そこにね、タクシーで向かったんだけど、そのタクシーが事故起こしちゃったわけ。で、問題はこの娘でね。今体調不良でフェロモンのコントロールが出来なくなってるのよ。そんな状態で事故に巻き込まれて、警察とかで調べられたらどうなるか解るでしょ。
だから神社のトンネルに逃げ込んだの。その後他の出口を探してたらここまで来ちゃったってわけ。これで納得してもらえるかしら」
アナは軍服の男の目を見るが、相変わらず反応はない。
「今の話の裏を取りたかったらタクシーの事故のこと調べれば解るわよ。それにこの娘のフェロモンが変なのはもう気が付いているんでしょ」
軍服の狼男はアナから目を逸らそうともせず、制服の襟についている通信装置に手を伸ばした。その後、何やら別の所に居る部下に確認の指示を出している様子だったが、おそらくタクシーの事故を調べさせているのだろう。
アナの説明は間違ってはいない、一部を除いては。と、未千流は納得する。それにしてもわたしのフェロモンって何か変なんだろうか? 後でアナにしっかり確認してみなければならなそうだった。
軍服の狼男は隊長と呼ばれた狼男に何か耳打ちをすると、おもむろに立ち上がった。
「対応が決まり次第連絡する。それまでの対応は志茂田隊長に一任する」
軍服の狼男はまるでこれですべてが終わったとでも言うように静かにドアを開け、振り返る事も無く部屋を出て行った。
「優雨丞、おまえも座れ」
今までこの場を仕切っていた志茂田隊長は、深く息を吐き出すと、姿勢を崩して優雨丞を仰ぎ見た。
「あー、面倒臭ぇ。あ、悪かったな、驚かせて」
「隊長もお疲れ様です」
優雨丞が苦笑いをしながらさっきまで軍服が腰かけていた椅子に座る。
「陸駆、何か飲み物持って来てくれ。お前もまだ居てもらうから、自分の分も持って来いよ」
ドアの横で待機していた狼男がニヤリと口元をゆがめた。
「冷たい方がいいですか?」
「ああ、そうしてくれ。で、2人は冷たいのと温かいのとどっちがいい」
「わ、わたしは暖かい方がいいかな」
「じゃあ、あたしも暖かい方で」
「なら、コーヒーでいいですか? 優雨丞も冷たいやつですよね」
陸駆と呼ばれた狼男は既にドアに手を掛けている。
「それで、お願いします」
その場の狼男たちの、あまりの豹変ぶりに2人は顔を見合わせた。
「まあ、これも何かの縁だ、オレはこの部署を取りまとめている志茂田 晴康と言う。こいつは優雨丞で、今出て行ったのは陸駆だ。それでお嬢さん方は?」
「わたしは西糖 未千流で、アナはみんな知ってるんですよね…」
アナが何故か躊躇している様子だったので、未千流から名前を名乗ることにした。確かにこの場で、何度もアナの名前は出ていたから、今更感があるのかもしれなかった。
「そうか、それで未千流ちゃんはどういった病気なんだ? おっと、言いにくければ無理に言わなくてもいいぞ」
未千流はどう答えたら良いかわからずアナの顔を見る。
「別に隠すようなことじゃないけど、あたしにも良く判らないの。未千流がフェロモンの調整が出来なくなって困ってたんで、あたしが付き添ってギルドまで行くことになったのよ」
と、ここはアナが引き継いだ。
「調整が出来なくなるって、そういう事もあるのか? 確かにそれは大変だろうな…」
何故か感心したように頷く狼男たち。取り敢えず今の説明だけで、納得してもらえたらしい。
「それでさっきの入り口の話は信用していいんだろうな」
「嘘は付いていないから大丈夫よ」
アナの答えに未千流はちょっと不安も感じていた。問題は無いと思うが完全ではないのだ。
「それにしてもその神社の入り口っていうのは何なんだ? なぜ優雨丞はその件を黙っていたんだ」
「ああ、あの入り口のことですか。実際には入り口がどこに繋がっているか知っていた訳じゃないんです。子供の時に下まで行って勇気試ししよう。みたいな感じだったから。地下鉄の跡だって話は聞いていたんで、あれだろうと思っただけです」
「そういう事か。それならそこは後で塞ぎに行く必要があるな」
「その方がいいでしょうね」
優雨丞も頷いた。




