幽影 剣を舞わす
船が軋む。
夜の海を漂う霧は深く、水平線すら霞んでいる。
銀次の視線の先、黒い甲冑を纏った影が、波の上に立っていた。
それは、死者のはずだった。
「……死人のくせに、随分と元気じゃねぇか」
銀次は肩をすくめ、腰の刀に手をかける。
船守は息を呑み、喉を鳴らした。
「……黒耀艦の亡霊……本当に出やがった……!」
その瞬間、影が動いた。
剣が交わる
亡霊が音もなく跳ぶ。
銀次は半歩、身を引いた。
甲板の上に、鋭い斬撃の軌跡が刻まれる。
銀次の刀がすかさず抜き放たれる。
刃と刃が交わるたびに、火花が散る。
一撃、また一撃。
だが、銀次は戦いの最中、妙な違和感を覚えた。
不自然な戦いだ
「……妙な動きだな」
銀次は受け流しながら、亡霊の剣筋を観察する。
通常、剣士の動きは戦況によって変わる。
だが、こいつは――
「決まった型」しか使っていない。
まるで、同じ戦いを繰り返しているかのように。
さらに、何かが聞こえる。
風に紛れた微かな音――
「……笛、か?」
誰かが、遠くで笛を吹いている。
亡霊が、最後の一撃を繰り出そうと踏み込む。
銀次は、静かに口を開いた。
「柳垂細雨滴枝頭……」
足を滑らせるように、間合いを詰める。
「一露一潤養青幽……」
亡霊剣士の剣が振り下ろされる。
銀次は、流れるように身をずらした。
「枝繁風舞無定形……」
刀を振るう。
まるで風に舞う柳の枝のように、軽やかに――。
「但随風勢舞不休。」
一閃。
亡霊の黒い甲冑が裂ける。
影が霧散し、そのまま夜風へと溶けていった
静寂が戻る。
銀次は刀を納め、夜空を見上げた。
「……死人相手に張り合うのも、どうにも気が進まねぇが」
潮風が、ゆっくりと霧を払い始める。
だが、問題は別にあった。
今の亡霊――ただの幽鬼じゃなかった。
遠く、霧の向こうで、笛の旋律が響いている。
「……誰かがこいつを操っていやがったな」
銀次は、ぼんやりと海を見つめながら、ふと呟いた。
「……ま、面倒くせぇことになりそうだな」
ここで銀次の念白について紹介~
念白、簡単に言うと肝心な時に喋る決め台詞(漢詩のアレ)みたいなものですね
意味は
柳はしなやかに枝を垂れ、細雨が静かにその先を濡らす。
ひと雫ごとに潤いが増し、青々とした命が育まれるだろう。
枝は風に誘われ、形を定めぬまま揺れ動き、
流れに逆らわず、ただ風のままに舞い続ける
という意味になります
風来坊の銀次らしい台詞ですね。