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8.お忍びでカフェですわ。

 休日ーー


 エリアリス公爵令嬢は今日も地味めなリリス子爵令嬢の格好で、友人イルフィーユ嬢と共に王都のカフェに来ていた。

美味しいカフェの話題で盛り上がっていたクラスメイトの会話を小耳に挟み、湧き上がったお出かけ欲求を抑えられなかったのだ。


 だが、下級貴族ならいざ知らず、公爵令嬢はお気楽モードでのらりくらりと市政の店に立ち寄ることは出来ない。

来店するにあたり、宝飾品と重量級なドレスに身を包み、護衛役の従者をゾロゾロと引き連れ、一挙手一投足に貴族として恥ずかしくない振る舞いが求められる。

もしも己のドレスの裾を踏んづけすっ転ぶような失態を犯せば、間抜けな笑い話に尾鰭背鰭(おひれせびれ)がついて拡散されるし、公爵令嬢を一目見ようと群衆が押し寄せる光景は見世物小屋の珍獣とほぼ大差ない。


 つまり何が言いたいかと言えば……公爵令嬢の外出は色々と面倒だ、ということだ。



「お待たせ致しましたぁ! 季節のフルーツタルトセットでございますっ!」


 コト、コトンッ……


 陽気なウェイトレスの声と注文の品がテーブルに届き、令嬢達は目をキラキラと輝かせる。

宝石のような美しいタルト……一欠片すくい上げ、そのフォークを口元に運ぶと、二人同時に喜びの声を上げた。


「「んん〜〜美味しい〜〜! 幸せ〜〜‼︎」」


 和やかなティータイムと共に、話題は先日の伯爵家の夜会へと移る。


「ノルン様から以前聞き出した好みの殿方のタイプ……無意識的なのか、意識的なのか、オーウェン様にピッタリ合致したのよねぇ……知らず知らずの内に互いに惹かれていたのかもしれないわ」

「お二人は伯爵家同士で家格も釣り合いますし、刺繍好きなノルン様が上質な絹糸を出荷するグローブ伯爵家に嫁げば、将来さらに発展すること間違いなしですわね! ……でも何故、ミランダ嬢はノルン様をあれほど目の敵にしていたんでしょう?」


 首を傾げるイル嬢に、リリス嬢は呆れたように言葉を返した。


「なんでも、以前ノルン様が優勝した刺繍コンテストで自分が負けたのが許せなかったみたいよ? 控えめな可愛さも、次期伯爵が婚約者ってのも気に食わなかったんですって」

「え? 完全な逆恨みじゃないですか⁉︎ あぁ、ノルン様お気の毒に……」

「恨みってのはどこで買うか分からないから本当に困るのよねぇ……」


 紅茶を一口啜りながら、リリス嬢がぼやいた。


「それにしても、オーウェン様は何であんなにもっさりどんより垢抜けない感じだったのかしら? 伯爵家にも家令はいたはずでしょ?」

「どうやらお屋敷の使用人は長年勤める年配者が多く、皆、迎え入れたオーウェン様を孫のように大切に可愛いがっていたみたいですが……流行に(うと)い上に、ありのままの純朴さを良しとしていたみたいで……」

「ありのまま……な、なるほど……」

「まぁ、そのお陰で腕の振るい甲斐がありましたわ」

「ふふっ……」


 夜会前からイル嬢を伯爵家に送り込み、オーウェン殿を予定通りノルン嬢にお似合いな美青年に仕立て上げた。

これもまた、伯爵家の株を上げるのに必要だったピースの一つ。


「オーウェン様……私の正体にも気付いていたようだし、中々見込みのある令息だったわ。将来的に我が公爵家の役に立ってくれそう……ふふふふ」

「あらあら、リリス様。悪いお顔になっていますよ?」

「ふふふふ、元々こういう顔なのよ」



 ガターーンッ!


「「⁉︎」」


 二人の談笑に水を差すかのように、突如、大きな音が店内に響く。


 音の方を振り向くと、奥のテーブルに一組の男女。

どうやら男が立ち上がった拍子に座っていた椅子が倒れたようだが、それを気にする素振りもなく、向かいの令嬢に向け声を荒げていた。


「キュイ‼︎ お前のような奴とはもう婚約破棄だ‼︎ 醜悪な……まるで豚ではないか……この『呪われ者』‼︎ 金輪際(こんりんざい)、私に近寄るなーーっ‼︎」

「そ、そんな……」


 一方的に破棄を宣告された少々……いや、大分ふくよかな令嬢はボロボロと大粒の涙を溢している。

その様子をまるで汚いモノを見るかのように一瞥(いちべつ)し、男は金も置かずに店を出て行った。


「酷い……」

「……呪われ……者?」

「エリー……じゃなくって、リリス様?」

「……」


 リリス嬢はすっと立ち上がり、泣いている令嬢のテーブルへとズカズカ進み、彼女にそっとハンカチを差し出した。


「ごめんなさい。とても見ていられなくて……私はエリ……リリス・ヴェグダ、子爵家の者よ」

「イルフィーユ・ユルディカ。同じく子爵家ですわ」


 リリス嬢に続いて従者のイル嬢も名乗ると、ふくよか令嬢は泣き顔でぐしゃぐしゃになった顔をさらに歪め、震える声で話し始めた。


「お、お恥ずがじぃところをお見ぜじまじたぁ……わ、私……キュイジーと申しますぅ……タ、タボック……侯爵家ですわ……」


 最後の方は消え入りそうにか細い声で、由緒ある家名を口にする令嬢。


「「⁉︎」」


 まさか公爵家の次に高位な侯爵家のご令嬢が、街のカフェでこんなボロクソに罵られているとは夢にも思わない。

リリス嬢もイル嬢も驚きのあまり言葉を失った。

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