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7.夜会のメインディッシュですわ。

 カタンッ……ギィィッ……


 閉められていた会場の扉がゆっくりと開き、本日の表の主宰者……腕を組んだグローブ伯爵夫妻が静かに入場してきた。


 パチパチパチパチ……


 どこからともなく拍手が鳴り、二人は優雅に頭を下げる。

その姿を見て『田舎貴族』と揶揄(やゆ)できる者はこの場に誰もいないだろう。


「今宵はグローブ伯爵家の夜会にお越し頂き誠にありがとうございます。この場をお借りして、息子オーウェン・グローブの婚約披露とさせて頂きます。オーウェン!」

「はっ!」


 名を呼ばれた黒髪の美青年が伯爵夫妻の隣に立ち、深々と頭を下げた。


 ざわざわざわざわっ‼︎


 今日一番の大きなどよめきが会場に巻き起こる。


「グローブ家令息がこんな素敵な殿方だなんて!」

「婚約者って一体どなた? 羨ましいわぁ!」

「えっ? あれが、あのオーウェン殿なの⁉︎」

「嘘だろ? まるで別人じゃないか⁉︎」


 オーウェン殿を知らない者は彼の美しさに心奪われ、学院での彼を知る者達ならば己の目を疑ってしまう……そんな反応だ。


「ではここに……グレッグス公爵家からの書状を読み上げる!」


 ぴたっ!


 伯爵の一言で騒がしかった会場は一変、水を打ったかのように静まり返った。


「おほん……メイゼン・グレッグス公爵の名の下に、オーウェン・グローブ伯爵令息とノルン・ガイドラー伯爵令嬢の婚約を締結することを命ずる……末永くお幸せに……と」


 わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎


 会場内が歓喜の声に包まれる。


「ほ、本当に……? これは……夢じゃないかしら?」

「先程の手紙にも書いてあったではありませんか? さぁ、ノルン様……」


 戸惑うノルン嬢の背中をリリス嬢がそっと押して、彼女をオーウェン殿の横へと優しく促した。

近くにはガイドラー伯爵夫妻も互いの肩を抱き合い、喜びを噛み締めている。

婚約破棄された娘のことを案じていた二人にとって、これ以上喜ばしいことはないだろう。


 グレッグス公爵家は他貴族の婚姻に口出しできる権限を王族以外で唯一保有している。

昔、『貸し一つ』と言ってラキト王子と交わした口約束をちゃっかり活用したのだ。

証明書を作成し、王子のサインを頂いたエリアリス嬢はまさしく無双状態。

父上の名を借りて、婚約締結の為に社交界を暗躍しているのだ。


「ノルン嬢……」

「オーウェン様……」


 見つめ合う二人と祝福する周囲の空気……それを壊すかのように、突如、激しい音が会場に鳴り響く!


 ガッシャーーンッ‼︎


 振り返ると、怒りでテーブルクロスを握り締めて、卓上の料理を床にぶちまけたミランダ嬢がワナワナと震えていた。


「お、おいミランダ……」

「ちょ、ちょっと……どういうことよ? こ、この女が婚約者ですって⁉︎ 冗談じゃないわ‼︎ しかも、何⁉︎ あんな地味ダサ男が、こんなにいい男だったなんて聞いてないわよ⁉︎ 許さないわ……婚約するってんなら、うちの商会はグローブ家との契約は解消させてもらいますからね‼︎」

「……構いません」

「へ?」


 脅し文句が効かなかったことに驚いたのか、間抜けな声が彼女の口から漏れた。

きっと今まで、ワガママ放題にグローブ伯爵家に無理難題を押しつけてきたのだろう。


「今回、アリスウェア商会が『ぜひ取引をしたい』と名乗りを上げてくださいましたので……」


 オーウェン殿の言葉で会場中がまた一斉にどよめく。


「ア、アリスウェア商会と言えば、グレッグス公爵家のエリアリス嬢が立ち上げた商会ではないか‼︎」

「一級品から幻の珍品まで取り扱っているあの商会が……」


 ざわめきを聞きながら、リリス嬢は扇子の下でほくそ笑む。


「ふふっ……アリスウェア商会も当然ながら私の武器の一つ……使えるものは何でも使うわ」


 夜会での婚約披露において、狙いはいくつかある。

まず、グレッグス公爵家が認めたという時点でグローブ家とガイドラー家は貴族連中から一目置かれる。

そしてミランダ嬢の粗相により、子爵家の商会の評判は一気に地に落ち、反対にグローブ伯爵家が取り扱う商品の価値は急騰する。


 そもそも品のない子爵令嬢を伴って夜会に参加した段階で、コープス殿の伯爵家は(あざけ)りの対象と見なされている。

今後、領地間での取引にも影響を及ぼすだろう。


 おめでたい報告会の場を設けただけで、勝手に伯爵家と子爵家に対しての制裁が発動されたのだ……いわば自滅。


 ノルン嬢はオーウェン殿と手を取り、くるりと顔をリリス嬢に向けた。


「悪いことばかりでは無く……日々の行いは、必ず誰かが見ていてくれるものなのですね。私のことをリリス様が見ていて下さったように……」

「えぇ。ノルン様、オーウェン様。どうぞお幸せに……」


 綺麗なカテーシーを披露して、リリス嬢はそっと会場を後にした。


 最後にオーウェン殿が彼女に何か言いたげな顔をしていたが……リリス嬢は人差し指を自身の唇にそっと当てた。

その仕草だけで彼の口を(つぐ)ませたのだった。

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