6.伯爵家の夜会プロデュースですわ。
風が穏やかにそよぐ静かな夜、王都にあるグローブ伯爵家のタウンハウスはかつて無い賑わいを見せていた……本日の夜会の舞台である。
社交に活発では無く、言い方を悪くすれば田舎くさい伯爵家からの招待状は本来、都の貴族連中からは見向きもされない。
だが、此度の開催に際し、グレッグス公爵家の支援があったと分かれば皆、目の色が変わる。
「どこで、グローブ伯爵家はグレッグス公爵家と繋がりを持ったのだ⁉︎」
「我が家も是非、コネクションが欲しいわぁ!」
「グローブ伯爵家とは一体何者だ⁇」
集まった貴族は各々が思い思いの言葉を口にする……皆、服装相応ギラギラとした野心の塊だ。
集まった招待客の中に、ノルン嬢の元婚約者コープス伯爵令息とミランダ子爵令嬢の姿もあった。
こちらの二人、両家の許可がまだ降りておらず正式な婚約を交わしてはいないが、周りの視線なぞ気にせずにパートナーとして行動を共にしている……厚顔無恥なところは本当によくお似合いである。
「そろそろ役者は揃ったかしら……ねぇ?」
扇子で顔を半分隠しつつ周囲を見回しながら、リリス子爵令嬢に扮した公爵令嬢は、隣に佇むノルン伯爵令嬢に声を掛けた。
「や、やっぱり私、場違いなんじゃ……いくらオーウェン様からのお誘いでも……私、パートナーもいないし……」
「いや、いたら困るから……」
「え? 何か仰ったかしら?」
「ふふっ、何でもありませんわ。今宵はそう堅苦しい夜会では無いので、単独で出席の方も多数いらっしゃいます。大丈夫ですよ、私もそのうちの一人ですから……」
そう言ってリリス嬢がニヤリと笑うと、ノルン嬢の緊張も少しだけ和らいだ。
もちろん、今回の夜会の形式スタイル、規模、諸々のプロデュースはエリアリス嬢が全て手配し、伯爵家に指示した。
「そうそう、これをノルン様にお渡しするよう頼まれておりました」
「え? 私に? ……ええっ⁉︎」
差し出された手紙を裏返し、彼女は小さく声を上げた。
「中身のご確認を……」
リリス嬢に促され、ノルン嬢は公爵家のシーリングスタンプが押された手紙を震える手でそっと開き、文面に視線を走らせる。
すると瞬く間に彼女の頬が赤らみ、ここ最近では見たことのない花のような笑顔が溢れた。
「ノルン様にとって、良き知らせのようですわね」
「え、えぇ! だって……」
その時、背後から嫌味たっぷりな声が聞こえてきた。
「何だ何だ? 一人寂しく参加しているのは誰かと思えば、ノルンじゃないか!」
「コープス様ったら、わざわざ声を掛けて差し上げるなんて、本当にお優しいわぁ……」
「相変わらず辛気臭い顔だなぁ……見てるとこちらまで気が滅入る」
ミランダ嬢の肩を抱いて、ニヤニヤと声を掛けてきたのはノルン嬢の元婚約者だ。
「……だったら、わざわざ話しかけんじゃねぇですわ」
「ん? そちらのご令嬢、何か言ったか?」
「……ご機嫌ようとご挨拶を」
リリス嬢がぼそっと毒吐いた言葉は彼の耳に届いていなかったよう、コープス伯爵令息は気にも止めずに話を続けようとする。
「しかし、夜会にノコノコ出てくるとは、とんだ……」
「そういえばご存知ですかっ⁉︎」
面と向かってノルン嬢に悪口をぶつけてこようとする令息の言葉を思いっきり遮り、リリス嬢は前のめりに言葉を放った。
「な、なんだなんだ、さっきから……失礼ながらお見かけしたところ、貴女より爵位は私の方が上で……」
バサッ!
三度、彼の言葉を邪魔するように今度は派手な音を立てて扇子を広げ、リリス嬢はそっと彼に耳打ちする。
「今宵は三大公爵家が一つグレッグス家と繋がりを持ったグローブ伯爵家の夜会……どこに関係者が紛れているとも分かりませんわよ? もし、ご令嬢に突っかかるような品位を欠く言動を見られでもしたら……賢い方なら、お分かりですよね?」
「……っぐぅ!」
「コープス様?」
「い、いくぞミランダ嬢!」
そう言うと、たっぷりの意地悪を言い損ねて欲求不満な彼女の手を引き、コープス殿はそそくさとこの場から離れて行った。
二人の背中を呆気に取られたような顔で見つめていたノルン嬢。
リリス嬢は気を取り直すように彼女に声を掛けようとしたところ……今度は会場入り口で黄色い歓声が上がる。
わぁぁぁぁぁぁぁーーっ!
「まぁ! なんて素敵なお方!」
「どちらの御令息かしら⁉︎」
「お近づきになりたいわぁ‼︎」
声の方向に二人揃って振り返ると、そこには黒髪の美しい青年が多数の御婦人方に全方位がっちり取り囲まれている。
その状況に困惑しながらも二人の視線に気付いた彼は、ノルン嬢とリリス嬢に向けてそっと会釈を返してきた。
「あ、あれは……一体、どなたかしら? 見たことないお方だわ」
「あら、誰かと思えばオーウェン様じゃない。それにしても、見事に化けたわね。流石はイル……」
「え……オ、オーウェン様ーーっ⁉︎」
ノルン嬢が驚きのあまり、彼女に似つかわしくない声を上げた。