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3. 婚約破棄はもう経験済みですわ。

 ここカルスタット王国は、魔法が『遠い古代に滅びてしまった不思議な力』として扱われる。

近世では、僅かなおまじない程度の法力、辺境の魔物、教会の聖なる祈り、呪いのアイテム、遺跡(ダンジョン)等が、その遺物として残された……と伝えられている。


 このエリアリス嬢はカルスタット王国三大公爵家が一つ、グレッグス家のご令嬢……だが、最上位貴族令嬢でありながら婚約者はいない。

……言うまでも無く、既に婚約破棄を経験済みだからだ。


 彼女は過去に三度、婚約が破談になっている。


 陰で面白おかしく『破談(はだん)令嬢』と呼ぶ者もいるが…… こそこそとした陰口なんぞ、絢爛豪華(けんらんごうか)な扇子の一振りで容易く吹き飛ばすかのごとく、彼女はまるで意に介さない。

いや、表立って笑い話に出来る強者(つわもの)は、実の親である公爵夫妻か王族ぐらいだろう。

そのぐらい、彼女よりも地位が高い者はこの王国では数える程なのだ。



 最初の婚約解消は彼女が10歳の時だ。

相手の伯爵令息が原因不明の昏睡状態に陥り、未だに目を覚ましていない……あれからもう7年も経つ。

いつ目覚めるかもわからぬ者との婚約は結んでおけないと両家の承諾で解消に至った。


 ニ度目の解消は13歳……お相手は二つ年上、カルスタット王国第一王子、ラキト殿下だった。

ラキト殿下には、幼少期にルカリア侯爵令嬢という婚約者がいた。

だが、誰かの策謀により6歳で呪いを受けた彼女と王子の婚約は破談となった。


 その後の王子の婚約者候補選びは随分と難航した。

王家との繋がりは欲しくとも、我が子が呪われてなるものかと、婚約者候補に娘を推す貴族が誰もおらず……苦肉の策として、筆頭公爵家の娘エリアリス嬢に白羽の矢が立ったのだ。





 四年前ーー


 ざわざわざわ……


 王宮内の廊下が何やら騒がしい。


「あぁ! エリアリス様、何卒(なにとぞ)穏便に〜〜!」

「私、一言文句言ってやらなきゃ気が済まないですわ!」


 絶対に一言では済まないであろう強い口調でそう言い放ち、令嬢は赤いカーペットの敷かれた廊下をズンズンと迷うことなく突き進んでいく。


 病弱な王子の体調が良い時用の遊び相手として、三大公爵家の年近い者達は皆、彼の幼馴染(おさななじみ)である。

それゆえに、城内の配置はしっかりと彼女の頭にインプットされているのだ。


 ゴンゴンゴンッ!


 13歳の令嬢が派手な音を立てて、王子の寝所の扉を叩いた。

淑女の欠片もない所作(しょさ)だが、この場にそれを指摘できる爵位を持つ者が誰一人いない。


 しーんっ……


 もう一度、彼女が拳を振り上げた瞬間、中からか細い返事が返ってきた。


「……エリーかい?」

「ええそうよ、ラキ兄様! ご機嫌いかが? 私は最悪よ!」

「ははっ……私は……今日はまだ体調が良い方かな? ベッドから少し身体を起こせているよ」


 その会話を聞いて、エリアリス嬢を抑えようとしていた要人はぺこりと頭を下げ、廊下を引き返していった。

だが、万が一にも王子に何かあれば飛び出せる距離に従者達は控えているのだろう。


「中に入るかい? 君は婚約者だから入室できるよ」

「いえ、結構よ。それよりも、私との婚約をさっさと破棄して頂戴! もうすぐラキ兄15歳になっちゃう……そしたら私が皇太子妃⁉︎ 未来の王妃様⁉︎ ひぃぃっ、冗談やめてよ! さっさと麗しのルカ姉様と再婚約結んじゃってよぉぉっ‼︎」

「エリー‼︎」


 突然、ラキト殿下が強い口調で令嬢の名前を呼んだ。


「な、何よ?」


 その勢いに気圧(けお)されて、彼女も思わず一瞬怯んだ。


「……ルカリアの名は口にしないでくれ……呪いを受けた彼女は、もう……」

「ええ、『侯爵令嬢ルカリアはこの王国にはもうおりません』……って、侯爵家からご報告を受けているんでしょ?」

「っ……エリー……」


 苦しげな彼の声が扉越しに彼女の耳へと届く。


 そう、呪いを受けた場合、解呪出来なければじわじわと死に至る。

幼い身体なら、あっという間に……。


「まぁまぁ、続きをお聞きくださいませ。……ですが、それではおかしいのです。侯爵家が喪に服したという報告がありませんの……密やかな葬いだったとしても、いくらなんでも我がグレッグス公爵家に一報ないのはおかしいんですわ。んで……私、考えましたの。『呪われ者』というのは世間的にどうにも体裁が悪い……どこかの親戚筋にルカ姉様は養子に出されたのでは……と」

「……それで?」


 ラキト殿下の声に僅かだが、明るさが宿る。


「ふっふっふっふっ! 私が調べましたら、北の辺境伯様が8年前に養女様を引き取られたという記録がありましたの。名は……ルカリア・モーリス伯爵令嬢! だから侯爵令嬢はいらっしゃらないってことなんですのよ!」

「モーリス……辺境伯領……」

「さっ、ラキ兄! 貴方がしっかり私との婚約を破棄してくださらないと、私が王妃にさせられちまうでございますわ。そこんとこよろしくですわよ?」


 ガチャ! キィィィッ……


 突如、王子の寝所の扉が静かに開いた。


「⁉︎」


 微熱があるのか、今の話で生きる希望を取り戻したからなのか……そこには、赤い顔をしたラキト殿下が寝巻き姿で立っていた。


「あら、天使がお迎えに来たかと思ったわ」


 令嬢は驚いた顔をしながら、不敬罪ギリギリを攻めるようなブラックジョークを溢した。


「ははっ、エリー……本当にありがとう。公爵家にはこちらから賠償金を……」

「あ、うちお金あるんで。それよりも私に貸し一つ……ってことでお願いしますわ」

「ふっ、君に貸しか……その時は私、ラキト・カルスタットは心からこのご恩をお返し致しますよ、エリアリス・グレッグス嬢」


 こうして、ラキト殿下とエリアリス嬢の婚約は円満に破棄されたのだった。

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