24.お招きありがとうですわ。
カタン、カタンッ……
ヴェグダ子爵邸を出発した馬車の中には令嬢が一人……子爵令嬢から本来の公爵令嬢の姿に戻った彼女だけが座席に座り、静かに揺られていた。
いつもならこの公爵家の馬車には、リリス嬢姿の支度をしてくれる侍女イルフィーユ嬢と二人で乗り込み、帰路に着くのだが……今宵は別々の馬車に分かれていた。
「本邸へ帰る前に、いつもの所へ寄ってちょうだい」
「はっ!」
そう御者に伝え、馬車はグレッグス公爵領地の目と鼻の先、トリガ伯爵邸へと進んで行った。
◇
「エリアリスお姉様、ようこそ! ここ最近はお忙しかったんですの?」
トリガ伯爵邸宅内に案内され、使用人の次に出迎えてくれたのは、まだ7歳の小さな淑女だ。
ちまっと小さくとも令嬢、本来なら貴族同士の挨拶を交わす場面だが……エリアリス嬢はそんなこと当然お構いなし。
その少女をがばっと抱きかかえて、高く持ち上げた。
「あら、マリーヌ! また一段と可愛くなったわね!」
言いながら、エントランスホールでクルクルと回る。
本当の姉妹のように無邪気な二人の様子をトリム家の使用人達は微笑ましく眺めている。
「伯爵ご夫妻は?」
「今日は西方に出張されているので留守ですわ」
「なるほど……だから今日なのね……」
「ねぇお姉様。今宵、お泊まりして行ってくださらない?」
「あら、嬉しいお誘い……では、お言葉に甘えましょう」
「やったぁ!」
「「「⁉︎」」」
令嬢の腕から降ろされ、ぴょんぴょんその場を跳ねる少女とは正反対に、先程まで和やかだった使用人達は一斉に血の気の失せた顔でバタバタと持ち場へと戻っていった。
急遽、今から王国最高位令嬢へのおもてなしを用意しなければならなくなったのだから、さぁ大変。
少しだけ申し訳なさそうな顔をするエリアリス嬢の手を引っ張りながら、少女は大階段を登り始めた。
「お姉様はいつも通り、最初はお兄様にご挨拶するんでしょ?」
「えぇ、少しだけ時間をちょうだいね」
コンコンッ!
ノックをしても返事が返ってこないことを知っている二人はそのまま扉を開けた。
「ではお姉様、ごゆっくり……」
パタンッ……
扉が閉じられ、エリアリス嬢は奥のベッドまで静かに進む。
そこに横たわる令息に向けて、彼女は声を掛けた。
「ご機嫌よう、シェリク……お招きありがとう」
「……」
目を閉じて眠り続ける青年、その左耳には金色の耳飾りがギラリと光る。
そしてその反対……右耳には白金の耳輪を身につけていた。
「もう7年……あの時は赤ちゃんだった貴方の妹君、ますます可愛い令嬢に絶賛成長中ですわ」
そう言いながら、手を伸ばし、彼の頬にそっと触れる。
すると、ベッド横にあるサイドテーブル上に置かれたまっさらな紙に、文字が突如浮かび上がってきた。
『恥ずかしいから触んないでよ、エリー』
その現象に驚きもせず、彼女は言葉を返す。
「あら、別にいいじゃない、減るもんじゃあるまいしですわ……シェリク、いつも側で助けてくれてありがとう。だけど……面と向かって話が出来ないのは、やっぱり少々つまらないわ」
すると、紙にはまた返答が浮かび上がる。
『ごめん……』
「謝るのは私の方……謝って済むなら騎士団はいらんですわ。私のせいで……私の婚約者になったから、シェリクは『呪われ者』にされたんですもの……」
ベッド隣の椅子に座り、彼の手を両手で掴んで自分の頬にそっと当てる。
『ちょっとエリー! 俺の身体で勝手しないでよ!』
慌てたせいか、言葉の主の一人称が『俺』に変わり、文字が殴り書きになる。
「あら。触れちゃいけないのは、婚約者ではなくなった相手だから?」
『違うよ! 自分の身体だから、なんか見ててすっごく恥ずかしいんだよ!』
「本当……いつ考えてみても不思議な状況ですわよね。身体は眠っているのに、精神は出歩いていて……文字も書けるし、物も運べるし、自分の身体を外から見てるって……」
『透明人間に分裂したような感じ……って思えばわかりやすいだろ?』
「そのお陰で本当に色々と助かっておりますわ。ありがとう『影』」
悲壮感ない文章を紙に出現させる彼に対して、令嬢は礼を告げた。
「貴方の呪いが完全に解け……その身体が目覚めた世界から『呪い』が一つでも消せるように……私は……進むわ」
そう……このシェリク・トリガ伯爵令息こそ、破談令嬢エリアリス・グレッグスの最初の婚約者であり、呪いの耳飾りをつけられてしまった『呪われ者』。
そして……解呪に失敗し、その身体はいまだに眠り続けているのであった。
次回が最終回です。




