22.呪いのアイテムぶっ潰し続けますわ。
二週間後ーー
柔らかな陽射しの元、花の咲き誇るヴェグダ子爵邸の中庭では、子爵令嬢リリス姿のエリアリス嬢とロアール卿がガーデンテーブルで向かい合い、近況報告がてらのアフタヌーンティーを楽しんでいた。
紅茶のお代わりを注ぐのは見覚えのある髪型の少年だ。
カチャリ……
「あら! 随分と所作が良くなったわね、リュシエル!」
「お、お褒め頂き光栄です、ロアール卿」
そっと礼をして下がった使用人は、あのリュセ殿……彼の新たな名前は『リュシエル』に決まった。
エリアリス嬢に名付けを任せようとしたところ、残念な程にマッシャルーム茸を連想させる名前しか上がらなかったので全て却下、ロアール卿が命名した。
そしてリュシエルは執事見習いとして、ヴェグダ子爵邸で働き始めたのだ。
「それにしても……イル嬢抜きでお嬢とお茶ってのも何だか変な感じね」
二人の間にある空席のイスを眺めながら、ロアール卿がぽつりと呟く。
「呪いやら貴族間のゴタゴタなんて美しくないモノを、イルの可愛い耳に入れたくありませんのよ。それに……」
「それに?」
「ロアとイルったら、この前のお茶会では市政で流行りの美容談義で盛り上がっちゃって……私の入る隙がこれっぽっちもありゃしませんことよ!」
「それは……嫉妬?」
「えぇ! ロアが妬ましいですわ!」
「……私にかい!」
苦笑いを浮かべながら視線を動かすと、ふと令嬢の首元で揺れる小さな首飾りが彼の目に入った。
「それで……首飾りの鑑定結果はどうだったの?」
「ヴォグ様、ジュド様どちらの首飾りも黒でしたわ。ただリュセ様の品よりは呪力が弱かったとの報告を受けてますの」
「そう……お嬢の読み通り、葡萄酒の聖力が呪力を打ち消してくれてたってわけね……祝福されるはずの生まれくる我が子が憎しみの対象となり、その怨みを贈り物に施された魔石が吸い込んだ……なんだか皮肉な話ね」
そう言ってロアール卿は、伏し目がちにそっと一口紅茶を啜った。
「てっきり呪術師やら魔物のせいで出来上がる希少な品物だと思っていたけど……違ったのね」
「えぇ。ここだけの話、これが世間に認識されたら非常に危ういのですわよ」
そう、この王国は相当数、呪いのアイテムが存在している。
「原料になる魔石は、一部の領地で産出されたり、魔力を持つ者が石に力を与えることで生まれる。それに教会で聖力を加えれば聖石に……恨み辛みを込めれば呪石となる。つまり、魔石の数だけ呪いのアイテムは『作れる』……ってことですわ」
「……おっそろしいわねぇ」
頷きながら、リリス嬢はワインベリージャム入りのパイを一口召し上がる。
「!」
フロッシュ伯爵家から届いたお礼の品だったが……どうやらお気に召したのだろう、一口で止めることなく1ピースをペロリと平らげた。
「どこで怨みを買うかなんて誰にも分かりませんわ。だから我が公爵家は陰ながら、国内に散らばるそれらを買い集めたり、破壊し続けている。だけど……呪われ者からアイテムを外す為の解呪法の完成には至っていないのが現状ですわ」
カルスタット王国の王族には『加護』がある為、直接に呪いの影響は受けない。
もしもこの国をひっくり返したいのなら、その他大勢いる貴族達を潰していく方が容易いのだ。
そして、その貴族の頂点に君臨するのがグレッグス公爵家。
足元を掬われないよう人を見る目を養わねばならないし、絶対的な味方を増やしていく必要がある。
そして、戦う為の武器は幾重にも用意しておかなければならない。
「……それでも対策は進んでるようね」
「おかげさまで、ピジュの実や東教会の葡萄酒……人脈と共に、新たな良品とも出会えているわ。どこかの地方には『呪い返し』という方法で解呪すると聞くから、ぜひ試してみたいわ」
「……そ、そう……頑張ってちょうだい」
さらりと物騒なことを言う令嬢に若干引きつつ、ロアール卿が話を続ける。
「そういやリュセ様の元婚約者だったロッカ嬢と横取りヴェルニ家令息はどうなったの?」
「あぁ、あの二人は……」
リリス嬢は記録書を捲り、それを眺めながら答える。
「ヴォグ様にこちらが握る情報をお渡ししたところ、どちらにも多額の慰謝料請求が出来たようですわよ? 子爵家は困窮、伯爵令息は廃嫡……まぁ、当然ですわね」
「あらあら、因果応報。あぁ、それと……お嬢、またどこかの商会を買収したって本当なの?」
「流石ロア、相変わらず情報が早いのね。そうよ。とある商会がなぜか急に業績悪化、経営が傾いたところをお安く会社を買い取らせて頂きましたの」
「えっと……もう、あえて聞かないわ」
『なぜか』の部分で、9割方エリアリス嬢が関わっているのを察し、ロアール卿は自分で振った話を引っ込めた。
ノルン嬢とオーウェン殿の婚約発表がなされたあの夜会以降、ミランダ子爵家の商会はあれよあれよと傾き、アリスウェア商会にあっさり買収された。
グローブ伯爵家との契約解消で良質な糸が手に入らず商品の品質が低下……何より、公爵家を敵に回した子爵家が生き残れる程、社交界は甘くない。
リストを閉じてから、またリリス嬢が口を開く。
「そうそう、隠居された前フロッシュ伯爵についてですけど……『お咎めなし』ですわ」
「えぇっ⁉︎」
「そもそも物理的な被害がないから、王国の司法局に届け出たところで伯爵家の醜聞が表に知られてしまうだけ……外野がとやかく言うことは出来ませんもの」
「そんな……何だか夫人が浮かばれないわ……」
悲しげにそう呟くロアール卿に、リリス嬢はにこりと笑顔を浮かべて言葉を返す。
「そうでもないですわよ? あの後、全ての真実を記した文書をヴォグ様が前伯爵に送られ、そして……彼は一才の謝罪も面会も拒否している」
「えっと……それって……」
「息子達に対して直接の謝罪が叶わない前伯爵は、一体何を思うでしょうね? ……自分で自分の犯した過ちを悔い続けて、惨めな一生を終えればいいんですわ」
「……それは……相応の罰ね」
「夫人と子供達の人生を踏み躙ったんですもの当然よ。それにリュセ様……生まれで決めつけられ、終わる人生なんて……そんなのつまらないでしょ?」
そう言ってカップに残っていた僅かの紅茶を飲み干し、くるりと後ろを振り返る。
そしてカップ&ソーサーを持ち上げて、使用人に声を掛けた。
「リュシエル、もう一杯お代わり下さる?」
「は、はい! お嬢様!」
見習い少年の満面の笑みを見て、リリス嬢とロアール卿も彼に笑顔を返すのだった。




