19.どうぞお構いなくですわ。
翌日ーー
フロッシュ伯爵邸は、朝から騒然としていた。
リュセ殿に対して喪に服す期間だが屋敷内が沈んでいる暇もなく、当主から使用人まで皆がソワソワと落ち着かない様子。
いつもと変わらずに、広間でワインベリージャム入りの紅茶を飲んでいるジュド卿を除いては……。
「兄上、そんなに慌てずとも……」
「えぇい、ジュド! 呑気にしている場合か! 突然リュセが亡くなり、父上に伝令を送ろうとしていた所にこんな……」
平時の落ち着きをすっかり失い、狼狽える若き伯爵。
それをなんだか珍しい生き物でも見るように弟君は眺めている。
するとそこへ、老執事がいつもの五倍速の動作で広間に駆け込み、声を掛けてきた。
「おおおおおおお、お客様がお見えですっ‼︎」
「「⁉︎」」
呼ばれた兄弟は、対照的な足取りで応接室へと向かった。
◇
「お待たせ致しました、伯爵様で御座います」
バタンッ……
全員が集合し、応接間には目に見えない緊張感が張り詰める。
一瞬の間を空け、重苦しい空気を最初に壊したのは最高位貴族によるご挨拶だった。
「ご機嫌よう、伯爵様。私、グレッグス公爵家のエリアリスと申しますわ」
「お名前はよく存じております。フロッシュ伯爵家、当主ヴォグ・フロッシュです」
名乗りながら令嬢に深々と頭を下げるヴォグ卿……その顔には心の動揺が冷や汗として滲み出ている。
そんな彼の顔をじぃっと見つめて、エリアリス嬢は扇子の陰で隣のロアール卿に囁いた。
「弟がエノキール茸なら、彼はエリンギーム茸に似ているわね……あら、そしたらリュセ様はマッシャルーム茸かしら?」
「お、お嬢…… ま、まぁあの短髪……たしかに……」
ロアール卿が呆れながらも同意を返す。
令嬢としては感性を共有出来たのが嬉しかったのか、上機嫌のまま今度はヴォグ卿に話しかけた。
「ヴォグ卿、急な訪問にご対処頂きありがとうございます」
「いえ……それよりも、なぜ……国一番の貴族令嬢の貴女様が、王都の郊外にある我がフロッシュ家に……?」
掠れる声で伯爵が令嬢に問い掛ける。
「こちら、ロアール卿。昨日、ジュド卿がわざわざ彼に会いに来てくださいましたの……リュセ様の件で……」
「ご紹介預かりました、ロアール・ステンド……爵位は子爵です」
「初めましてロアール卿。……ジュドよ。昨日『調べる』と言っていたが……なぜ、こうなる?」
「まぁ、成り行きってやつですかね」
「……な、成り行きって、お前……」
三月程前に爵位を譲り受けたばかりの若きフロッシュ伯爵は、いけしゃあしゃあと述べる弟に、何か言いたげに口をパクパクとする。
客人がいることで、大声を出すのをなんとか押し留めたのだろう。
その様子を見て、ロアール卿が『振り回されて、お互い大変ですよね』と同類への親近感を覚えたのか、困り顔でうんうん頷いている。
「まぁ、色々ありまして、エリアリス嬢とは話がついてるんでね」
「話? 何のだ?」
「人員配置やら処遇改善とか、諸々です」
「⁇⁇」
ジュド卿が話せば話すほど、ヴォグ卿が混乱していく……当然だ。
ジュド卿は『末弟の死』について調べていたはず……だが、翌日に弔問客では無い超大物訪問者を招くに至った。
その過程は丁寧に話してくれねば、訳がわからない。
伯爵の頭に疑問符が浮かんでいるタイミングで、エリアリス嬢は柔らかに言葉を掛けた。
「そう堅苦しいのはお止めになって、どうぞお構いなく……」
「いや、そういうわけには……」
謙虚な言葉はこの言葉を引き出す為の呼び水だったのだろうか、令嬢は扇子の裏でニヤリと笑う。
「あらあら。では、私を構って下さるのでしたら、一つお願いがありますの!」
「で、出来る範囲でしたら……」
「このお屋敷で夫人がご存命の時から勤めている使用人を全て集めて欲しいんですの」
「??」
ヴォグ卿の頭に疑問符がさらに一つ追加された。
◇
話は昨日に遡るーー
シャツのボタンが飛び散り、ジュド卿の胸元に輝く首飾りが露呈した瞬間、ロアール卿が声を上げた。
だが、冷静な青年は胸元を咄嗟に握り閉じると、ジロリと視線を動かし、言葉を返す。
「貴方も……と言うことは……ロアール卿は何処かで誰かのを見たのでしょうか?」
「そ、それは……」
「えぇ、見たわ。リュセ様の首飾り……呪いのアイテムね」
「「⁉︎」」
突如、隠すことなくリリス嬢がケロリと話した。
「ちょ、ちょっとお嬢⁉︎」
「いいのよ、ロア」
慌てる彼を手で制し、顔をジュド卿に向ける。
「ジュド様、腹の探り合いは止めましょう。七面倒くさいったらありゃしないですわ。貴方は……弟が死んだのに、喪にも服さずステンド子爵邸に現れた。最初の報告書だけで考えれば『血の繋がらない弟を忌み嫌っている』と捉えられるが……違う。貴方はリュセ様が生きてると心から信じている……『自分は彼の死を疑っている』という、ロアに対してのアピールだったんでしょう?」
「え? そうだったの?」
「……」
何も答えないジュド卿に構わず、令嬢は話を続ける。
「夜会で婚約破棄された後にリュセ様が倒れたのは本当でしてよ? ロッカ嬢とヴェルニ家の寝取り息子に嵌められてね。どういう方法かはわからないですが、あの呪いの首飾りと『何か』が均衡を保っていた……そこに、追加の呪いアイテムを身に付けてしまい、リュセ様は死の寸前まで追い込まれた……」
「……っ」
令嬢の言葉で、今まで冷静だったジュド卿の顔が苦しげに歪む。
「安心なさって。リュセ様から呪いのアイテムは外したわ。今はまだ眠っている……だが、訳アリ伯爵家にそのまま返すわけにはいかないので、こちらで保護させてもらったんですわ」
「え……お嬢、いいの? そんなに全部話してしまって……」
「いいのよ、ロア。だって……」
言いながら、リリス嬢は満面の笑みを浮かべる。
……完全に悪役の顔である。
「ジュド卿は私を裏切ることが絶対に出来ない程、今から恩を売って売って売りまくるんですものぉ!」
「なっ⁉︎ それは一体……」
「あぁ、そうそう。正式なご挨拶が遅れましたわね。私、リリス・ヴェグダ……またの名はエリアリス・グレッグス。貴方様の怨敵……以後、お見知り置きを……」
「‼︎」
エリアリス嬢の告白で、色白のエノキール茸似のジュド卿の顔が綺麗な真っ青に染まったのだった。




