18.職権濫用ですわ。
エノキール茸……じゃなくて、ジュド卿の挑発に
ロアール卿はいつもの営業スマイルで言葉を返す。
「申し訳ありませんわ。私ではジュド卿のご希望に添えることは出来そうにありませんの。せっかく来て頂いたのに……」
「添書にあった貴族方を順に訪問してるだけですので、お気になさらず。まぁ、その方々の中で貴方が一番、有力な情報をお持ちかと思ったので最後にお邪魔したのですがね……」
彼が何やら含みを持たせた言い回しをする。
「順で最後? ……時間的に考えて、こんなに早く……ですか?」
「えぇ、仕事の関係で情報収集は割と得意でして……」
二人のやり取りを聞いていたリリス嬢が、控えめな装飾の扇子をそっと開き、ロアール卿にだけ聞こえる音量で呟く。
「……あらあら、戸籍課の職権濫用……よろしくありませんわね」
「え? お嬢がそれ言う?」
隣の令嬢にツッコミを入れてから、ロアール卿はジュド卿の方に向き直って、首を横に振る。
「買い被りすぎですわ。私は領地も持たない、ただのしがない子爵……」
「……エリアリス・グレッグス公爵令嬢」
「えっ⁉︎」
予期せぬタイミングで自分の名を呼ばれ、反射的にリリス嬢から声が漏れ出た。
「ロアール卿は随分とあの令嬢と親しいご様子……だが、私は彼女に……私怨がある」
「なっ⁉︎ 私怨⁉︎ ……いいんですの? 彼女と縁のある私の前でその様な発言……」
「告げ口しますか? いいですよ、ロアール卿。天下のグレッグス公爵家を敵に回してでも……」
「……っ!」
静かなる迫力に気圧されて、ロアール卿が言葉に詰まる。
それにかまわず、ジュド卿は続けた。
「あの方が関わると……戸籍課の仕事量が激増するんです!」
………………
「は?」
「ロアール卿はご存知無かったのですか? グレッグス公爵家は唯一、戸籍に関しての介入が許可されているのです!」
「え? え? え?」
思わずロアール卿がリリス嬢を見るが、彼女は滑らかに反対側を向いて目を背けた。
「貸しは何も一つだけじゃございませんもの……ラキト殿下に留まらず、王族、貴族、商人……」
「な、なるほど……あぁ、そうか。お嬢が今までやってきたことで、私は彼に目を付けられたのね」
「あぁ、そういうこと……賢い者は嫌いでなくてよ。…… でも、そろそろ私のターンと参りましょうか」
ヒソヒソ声を止め、リリス嬢がふうっとひと息吐き出してから、貴族学院に通うモブ令嬢らしい演技を始めた。
「ずるいですわ、ロア様! 私もお話したいですわぁ! あのあの、ジュド様とリュセ様は仲がおよろしかったんですかぁ?」
「い、いや……同じ屋敷で暮らしていても、あれと話したことはほとんどなかった」
純真無垢を装い、斬り込むリリス嬢。
その急な質問で不意を突かれたジュド卿の口からは本音が漏れた。
「そ、それが何か?」
「いえ、少々、気になったのです……亡くなった人間の死をご丁寧に確認する……それは用心深い性格か、それとも、亡くなった家族への情を持ち合わせているか……貴方はどちらでしょうね、ジュド卿」
「リリス嬢?」
先程とはまた違った声音を出す令嬢。
恐らく追加報告書に目を通した彼女の中で、大筋の検討はついているのだろう。
そっとソファから立ち上がると、手を2回叩いた。
パン、パンッ!
「?」
「あら、ジュド様。お召し物のボタンが外れそうですわよ?」
「え? 外れてなんて……」
ボトボトッ……
令嬢の忠告通りボタンは外れ、別々な方向へ絨毯の上をコロコロ転がる。
「なっ⁉︎」
「……」
それが『影』の仕業だと分かっているロアール卿は、部屋の中をキョロキョロと見回し……首を傾げた。
そして、視線をジュド卿に戻すと、今度は驚きの声を上げる!
「な、なんで貴方も首飾りをしているのよ⁉︎」
ジュド卿の開かれた色白の胸元。
そこにはリュセ殿と全く同じ首飾りが鈍い光を放っていたのだった。




