17.訪問者がアレに似てますわ。
執事が先頭に立ち、ロアール卿とリリス嬢がその後に続いて廊下を進む。
招かれざる客人、伯爵家ジュド卿の方が爵位の序列としては上……約束無しといえど無碍にすることは出来ない。
リリス嬢が報告書を読み終えてから、足早に応接室へと向かった。
コンコンッ!
「失礼致します、ジュド卿。子爵様をお連れ致しました」
「はい」
扉の外から執事が声を掛けると、物静かな声音が部屋の中から返ってきた。
ガチャ!
室内に入り、ソファに腰掛ける青年の姿を認め、リリス嬢はロアール卿の後ろから不躾な視線でジロジロと彼を見回す。
サラサラな髪に痩せ型の体躯、立ち上がったらなかなか背の高そうな男性だ。
几帳面な性格なのか、シャツのボタンを上までしっかりと止めている。
執事ブルブックに指示し、先に応接室へ案内しておいてもらった訪問者、ジュド・フロッシュ卿……伯爵家次男。
今、客室で眠り続けているリュセ殿の兄君である。
「突然の訪問、失礼致します。ジュド・フロッシュと申します」
青年はソファから立ち上がり、深々と一礼をした。
礼を終え顔を上げると、けして背が低くないロアール卿よりも頭半分ほど彼の方が上背がある。
「お待たせしてしまい申し訳ありません。お初にお目にかかります、ロアール・ステンドです」
ついエリアリス嬢と行動を共にするとペースを狂わされてしまいがちだが、彼は本来気品溢れる男。
ジュド卿へ優雅に挨拶を返す。
「あの……そちらは……」
「ご機嫌よう。私、ヴェグダ子爵家の娘、リリスと申します」
隣にいるマナー講師直伝の美しきカーテシーを披露し、リリス嬢は柔らかく微笑んだ……やれば出来る令嬢である。
「えぇ、ご機嫌よう……ヴェグダ子爵家? ……貴女も同席されるのか?」
部外者が入ってくるとは予想外だったのだろう。
令嬢への挨拶もそこそこに、ジュド卿は素直な疑問を投げかける。
すると、ロアール卿はリリス嬢の両肩をがしっと掴まえ、いつものお決まりな台詞を口にした。
「私、知らない殿方と二人きりでは……緊張してしまいますのぉ! ですから、この遠え……友人に、同席して欲しくって……よろしくって?」
「え……ゆ、友人……?」
腰をしならせ、色気全開のロアール卿。
圧倒的なその美しさには、老若男女問わず黙らせる迫力がある。
時にはその一瞬で、相手を恋に落とすことも可能だ。
ロアール卿は貴族特有な腹の探り合いを苦手とする。
自分を標的に訪れた相手なら尚のことだ。
一対一は極力避け、この令嬢の判断を仰ぐのが最良……そこで男性には先程の口上を、女性には『貴女の淑女たる素晴らしさをこの娘に見習わせたい!』と言えば……まぁ、大抵どうにかなるのだ。
途中『遠縁』と言いかけて止めた。
ジュド卿は王国戸籍課に所属する男、調べて簡単に暴かれる嘘は己の首を絞める。
『友人』ならば、本人がそう思っている以上、責められる理由はない。
「しかし、ロアを尋ねてジュド卿の方から接触してくるなんて……私、あの方をどこかで見たことがあるような……」
「既視感? それは私もよ。……城のどこかですれ違ったかしら?」
ジュド卿と対面する側のソファにリリス嬢達は二人並んで座り、執事が淹れてくれたお茶を飲みながら、彼に聞こえない音量で会話を続ける。
「私、わかってしまったわ……あれは、食材のエノキール茸よ」
ぶふーーつ!
大真面目に語る令嬢の言葉を聞いた瞬間、麗しき子爵様が盛大にお茶を吹き出した。
そう、ジュド卿の髪型といい体型といい……白くてひょろっとしたあのキノコそっくりなのだ。
「お嬢、容姿で貶めることは……」
「あら、エノキール茸は美味しいですわよ?」
『悪口ではないですけど、何か?』と言わんばかり、キョトンとした顔で答える。
「……」
「大丈夫ですか?」
頭を抱えるロアール卿を見かねて、ジュド卿が気遣いの言葉を掛ける。
「年齢を重ねると、お茶でむせ込みやすくなるのでお気になさらないで下さいませ」
「……」
自分のことを高齢者扱いする令嬢をジロリと睨んで、彼はようやく本題を切り出した。
「ごほんっ! 本日はどういったご用件で? 失礼ながら我等の間に面識はありません……よね?」
間違っていたら失礼にあたるので、一応やんわりと確認を取る。
「えぇ、初対面です。今朝、我が家に知らせが届きまして……弟リュセ・フロッシュが亡くなった……と。貴方が侯爵邸での目撃者の一人とお聞きしましたので……その時の状況をお伺いしたいと思い、参りました」
「「⁉︎」」
二人は顔を見合わせたい気持ちを抑えて、平静を装う。
「私も一部始終見ていたわけではありませんので……」
言葉を濁すロアール卿を前に、ジュド卿は何やら鞄から荷物を取り出している。
どさっ!
テーブルの上に置かれたのは大きな麻袋だ。
「騎士団まで、リュセの遺品である衣類を取りに行ったのですが……おかしいのです。あいつがいつも身につけていたある物がそこには無かったので……」
「「⁉︎」」
リリス嬢は彼の表情を見て、確信する。
彼は『リュセ殿が死んでいない』と、なぜか自信を持っているのだ。
そして、疑いの目をロアール卿に向けている。
「やはり……追加報告書通りのようですわね……」
「……お嬢?」
あの晩の一通目の報告書から考えると……この現状は矛盾がある。
そこで追加資料を『影』に要求したのだ。
「ジュド・フロッシュ卿は何やらお調べの様ですわね、まるで警らを担う騎士団様のよう……」
「なにか、私に調べられては困ることでもあるのですか? ロアール卿」
そう言って彼は長い足を組み直した。




