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破談令嬢の貴族名鑑(ブラックリスト)〜社交界を暗躍するのは令嬢の嗜みですわ〜  作者: 枝久


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15/25

15.解呪の儀式ですわ。

 キュィィィィン……カキィンッ!


 カランカランッ……


 真っ二つに切断され、ただの金属片と化した呪いのアイテムが床へ転がり落ち、金属特有の高音が聖堂内に響き渡る。


 キュィィィィン……ヒュゥゥン……


 唸り声を上げていた武器も、ようやく回転を止めた。


「ふぅぅぅ……やややっととと、きききれたたた……」

「ちょっと、ちょっと! 振動の後遺症が出てるわよ⁉︎ ったく、もう若く無いんだから無茶すんじゃないわよぉ!」

「とと年寄りあああ扱いするなぁぁぁ……」

 

 プルプルと震える老司教が、せっかく老体を案じてくれたロアール卿に噛みつく。

その拍子に、口内で入れ歯がカタカタと音を鳴らした。


 祭壇の上には、(まが)々しき宝飾品から解放されたリュセ殿が意識を失ったまま横たわっている。

だが、ここに運び込まれた時と比べ物にならない程、血色は格段に良くなっていた。


「しかし、何度見てもこの儀式は……なんか激しいわね……ってか、この細い首飾りのが厄介だとは予想外」

「……まるで首輪ですわ」


 破壊された腕輪と首飾りの破片を集める司教見習い達を眺めながら、エリアリス嬢は忌々しげに呟いた。


「今回は上手く破壊できましたけど、なんでも外せるわけじゃないんですわよ?」

「あら、そうなの?」

「呪われ者の方の儀式には色々立ち会いましたけど、耳飾りが一番厄介ですの……」

 

 言いながら、令嬢は自身の耳で揺れる耳飾りをそっと撫でた。


「え? 耳飾り?」

「えぇ……耳飾りの中でも耳たぶを貫通して装着するタイプは駄目ね。身体を侵蝕し、全身に呪いが巡るから、本当に様々な障害が出るんですの。それはもう、己の目を疑う程の……そうなったら、この教会での解呪は不可能……」

「外せなかった方がいるのね……」


 俯く令嬢の表情から、ロアール卿は察した。


「数年前、ある伯爵令息と令嬢の婚約が破談となった。その際、『相手が呪われ者だったからこっちが捨ててやったのよ』と令嬢が社交界で言いふらし、彼女へ同情が集まった……だけど本当は、素行の悪い令嬢が婚約破棄を言い渡された腹いせに相手へ呪いのアイテムを贈ったことが判明し、再度、社交界を賑わせた……」

「あら? それなら聞いた事があるわね、当時大騒ぎになったはず……えっと、たしか……レイストロン伯爵令息だったかしら? あの眼鏡の少年……」

「えぇ……優秀な人材ですのに……」


 エリアリス嬢は溜息と共に言葉を吐き出した。


「外せない……けど、そのままでは確実に寿命が縮む。呪力を抑え込み、共存を図るしか……今できる処置はそのくらいなんですわ」

「う……ん……」


 その時、横たわっていたリュセ殿から微かに声が漏れた。


「「リュセ様⁉︎」」

「あ……僕は一体……」


 まだ頭がぼんやりとしているのだろう、高位貴族を前にして、自分の一人称が『私』ではなくなっている。


「うむ。解呪は成功ですな」


 ようやく、元通りの話し方になった老司教が少年に向けて言葉を掛けた瞬間、彼の目からポロポロと涙が零れ落ちた。


「あ、ありがとうございます……ありがとうございます……」


 よたよたと身体を起こしてから、何度も何度も頭を下げる。

手で交互に涙を拭うが、次々と両目から溢れ出て止まらない。


「良かったわ、リュセ様……で・す・が……私、いくつか気になる事がございますの」

「……?」


 そう言うなり、エリアリス嬢はツカツカと祭壇へ近づき、腰掛けているリュセ殿の上着をいきなりベロンと捲り上げた!

彼の痩せた腹部から胸部が露わになる。

……貴族令嬢マナー講座を一から強制やり直しレベルの大胆行動。


「ひゃあぁっ⁉︎」

「ちょっとお嬢、おやめ! 何、服ひん剥いちゃってんのよ⁉︎ 何? ご乱心⁉︎ 欲求不満⁉︎」


 どさくさに紛れて、公爵令嬢に失礼なことを言うロアール卿。

だが、彼女の耳にはその声は届いていないよう……少年の身体をジロジロと眺め回して、何かを考えている様子。


「……身体に傷はない……痩せてはいるが栄養失調とまではいかない……じゃあ、なんで……」

「何をぶつぶつ言ってるのよ、こら! 離してあげなさい!」

「あわわわわっ……ふぅっ……」


 自分の置かれた状況にまるで意識がついていけず、リュセ殿はまた気を失ってしまった。


「あらま」

「おっと!」


 側方に倒れゆく少年の身体をロアール卿が慌てて抱きかかえ、側にいる令嬢をジロリと横目で睨んだ。


「私としたことが……配慮が足りませんでしたわ」

「そうね、お嬢。分かっているなら……」

「リュセ様の食事の準備をさせるのを失念しておりましたわ」

「……」


 ロアール卿の顔には『違う! そうじゃない!』と書いてあるが、彼は大声を出すのをグッと堪え、眠りに落ちた少年をそおっと抱え直したのだった。

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